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日本昔話的009

鬼退治 初陣 序
「若君…!ご無事でしたか!」
「ああ…大丈夫…行った…みたいだな」
じょーは額の汗を拭いた。
少々手間がかかったが、これで多分…終わりだ。
 
よほど強い…あるいは、何かに執着しているような鬼でなければ、「影」を倒しているうちに、いつの間にか立ち去ってしまうものだ。いわんの力で本体を消滅させるまでもない。なぜ立ち去るのかは、わからないのだが。
 
じょーは、「きっと、飽きちゃうんだよ…戦うのに」と笑った。
 
毎晩のように、鬼に脅かされていたという村が、久しぶりに穏やかな夜を迎えた。
夜が明けると、村の長は丁重に礼を言った。
 
「…コトバだけ…っつーのも何だよなぁ…?」
「…じぇっと!」
「わかっております…といっても、貧しい村で、何もできないのですが…」
長はわずかな米と粗末な反物を差し出した。
 
「いいんだよ…ホントに…!ね、ぐれーと?」
「さ…さようですな。長どの、心配は無用に願いたい」
ぐれーとは真面目くさった表情で、謝礼を辞した。
 
「…何だかな…!結構骨折ったのに、報酬はなし…ってことか?」
帰り道、じぇっとはぼやいた。
「仕方ないよ…子供が食べるものだってなかったじゃないか…ふらんそわーずが見たら…悲しむだろうなぁ…」
「けっ…!そりゃ、お姫さんはな…だが…」
「それに、誰も怪我しなかったんだから…よかったよ…あるべるとたちも無事だったかな…?」
じょーは遠くの山を見やりながら言った。
 
「お帰りなさい…!!怪我は…?」
息を弾ませて駆けてきたふらんそわーずの両肩を押さえ、あるべるとは笑った。
「よく来るのがわかったな…」
「ずっと山門から見ていました…ああ、みなさん、ご無事でしたね…」
「目がいいアルね、ふらんそわーずは…!」
「はい…この間、じょーにも言われました…じょーたち…まだ帰っていませんが」
ふと青い瞳が曇る。ぴゅんまが笑って、懐に手を入れた。
「…いいものを持ってきましたよ…さっき、そこで文使いにあったんです」
結び文を手渡され、ふらんそわーずはパッと顔を輝かせた。
「じょーから…?」
「そのようですね」
嬉しそうにその場で文を開こうとするふらんそわーずを、張々胡がひやかす。
「ふらんそわーず、こんな所で見ていいアルか?どうせなら、静かに一人っきりで…」
ふらんそわーずは僅かに頬を染め、そのまま文を広げた。
「『みんな、無事です』…よかった…!…え…?」
「どうした?」
「…ちょっと漁師の手伝いをして、お米をわけてもらってから帰る…んですって」
「なんだ…じょーのやつ、また報酬をもらいそこねたな?」
あるべるとは苦笑した。
「…でも、とても貧しい村だったそうです…子供が食べるものもなくって…」
顔を曇らせるふらんそわーずに張々胡が首を振った。
「わからないアル…!騙されたのかもしれないアルよ〜!いくら何でも、そんな貧しい村がそうそうあるわけないからネ!」
「…そう…でしょうか?」
「そうですよ…そんな顔をしないでください…私たちは、いろいろ貰ってきましたから…姫…いや、あなたにも、おみやげがありますよ」
ふらんそわーずは顔をあげ、微笑んだ。
 
 
満月だった。
澄み切った空に、琴の音が響く。
ふと手を止め、あるべるとはさっと簾を上げた。
 
「!…」
真っ赤に頬を染めたふらんそわーずが、うつむいていた。
 
「…ご…めんなさい…あんまり…きれいな音だったから…」
「…琴が…好きなのか?」
 
ふらんそわーずは小さくうなずいた。
 
「…俺もだ…大した腕じゃないから…人に聞かせるようなモノじゃないけどな…久しぶりに弾いてみたくなって…君は…弾けるのか?」
 
恥ずかしそうに首を振るふらんそわーずの手を取って、あるべるとは簾の中に招き入れた。
 
「…そろそろ飽きてきたところだったし…何か、聞かせてくれ」
「…でも…」
「どうせ誰も聞いちゃいない…遠慮することはないさ」
 
寝所に入ろうとしたぴゅんまはハッと耳を澄ませた。
「姫君…?」
美しい琴の音。さっきまでの音とは違う。
 
廊に出て、灯りのついた部屋を確かめる。
「…あるべると殿のところか…」
音色は、穏やかだった。ぴゅんまはほっと息をつき、部屋に戻った。
 
ふらんそわーずは、夢中で弾いていた手をふととめた。
「…あるべると…?」
彼はじっと腕組みをして、うつむいている。
「…ん?」
音が止まると、夢から覚めたような目で、あるべるとはふらんそわーずを見た。
「疲れた…のか?」
「は…はい…あの…ごめんなさい、私…」
頬が熱くなってくる。ふらんそわーずはうつむいた。
「…うるさかった…ですね…帰ったばかりで…疲れていらっしゃるのに…」
「いや…いい音色だった」
あるべるとはぽつりと言った。
 
心が…安まる。
 
「君は…どこで琴を習ったんだ?」
「ほんの子供の頃に…母から…」
「母上は…名手だったんだろうな…君の琴を聞けばわかる」
「…母のことは…よく覚えていないのです…琴も…それきり教えてもらったことがなくて…ただ、自分で…好きなように弾いているだけで…」
拙くて恥ずかしい、と、ふらんそわーずは呟いた。
「恥ずかしいことなんかない…楽は…心のままに奏でるものだから…」
「…じょーもそう言いました」
「じょーも…?」
 
首を傾げたあるべるとは、すぐうなずいた。
「ああ…笛…か…聞かせてもらったことがあるのか?」
「…はい…すばらしい…調べでした」
今もその音色が聞こえているように、ふらんそわーずは目を閉じた。
 
「あの方は、悲しいときでも、きっとああして…笛を吹いて…」
「…あいつに、悲しいとき…なんてあったのかな…?」
僅かに笑いを含んだ言葉に、ふらんそわーずはまた頬を染めた。
 
「わかりません…聞いていて…そう思ったんです…」
そうですね…と、ふらんそわーずは微笑んだ。
あの方に、悲しいとき…なんて、ないように見えます…
初夏の日差しのような、晴れやかで眩しい少年。
 
 
初めて、彼の笛を聞いたのは、彼が旅立つ数日前。
弓の稽古のあと、じょーは、ふらんそわーずに一人で馬に乗るようにと命じた。
馬が並足をしていれば、何とか手綱を持って、一人で乗っていることができるようになった矢先のことだ。
 
「僕たちが手を貸さなくても、乗ったり降りたりできるようにならなくちゃ」
じょーの言葉に、ふらんそわーずはうなずいた。
 
その日、馬は、機嫌が悪かった。
ふらんそわーずが乗ろうとすると、大きく体を揺すり、後足で蹴ろうとする。
どうしても乗れずにいるふらんそわーずを黙って見ていたじょーは、やがて、自分の馬にさっとまたがった。
 
「日が暮れてしまう…僕はもう、行くから」
「…じょー」
 
哀願するようなふらんそわーずの目を、澄んだ栗色の瞳が見返した。
「意気地なし…!馬にも乗れない女の子が、鬼と戦えるはずないよ…!」
呆然と立ちすくむふらんそわーずを残し、じょーは馬を走らせ、去っていった。
 
日が沈んでいく。
ふらんそわーずは懸命に馬をなだめようとしていた。が。
 
「ア…!」
 
不意に、馬は大きく胴震いをして、半分体を乗せようとしたふらんそわーずを振り落とした。激しく地面にたたきつけられ、一瞬気が遠くなりかけたふらんそわーずは、蹄の音を聞き、ハッと顔を上げた。
 
「ア…待って…!!」
 
必死で身を起こしたとき、馬はすでに走り去ってしまっていた。
 
「どうしよう…」
つぶやく。
歩いて帰るしかない。あたりには夕闇が迫っている。
涙をこらえ、ふらんそわーずは歩き始めた。少しずつ、足を速める。
闇が怖かった。
 
ぐれーとは密かに首をかしげていた。
いつもよりじょーの帰りが早い…のに、ふらんそわーずは見あたらない。
尋ねてみると、「まだ一人で稽古している」と言う。
言い方が素っ気ない。
…ケンカでもされたのか、若君…?
 
日もすっかり暮れたころ、一頭の馬がふらふらと寺に入ってきた。
ふらんそわーずが乗っていた馬だ。
 
「…若君…?…いったい何が…姫君は…?」
じょーは唇を噛んで馬を見つめ、くつわを乱暴にとった。
「歩いて帰ってくるよ…!どうして…」
こんなことができないんだ…!口の中でつぶやくじょーに、ぐれーとは眉を上げた。
 
「若君…あの姫を一人で馬に乗せようとなさったか…?それは、まだ無理です」
「…そんなこと言ったって、乗らなくちゃ仕方ないんだ!…僕たちと一緒にいるつもりなら…甘やかしても、あの子は…」
「もちろん、すぐ馬になど乗れるようになります…!でも、今は無理だ…若君、何を焦っておられる…?」
「焦ってなんかいない…!でも、早く強くならなくちゃ…!弱いままだと…!!」
「若君!!」
厳しい声にじょーはふとうつむいた。
 
「…迎えにいってさしあげなさい」
「…大丈夫だよ…あの子は、強いよ…帰ってこれる…大した距離じゃないし、道だってよくしってるし…」
鬼が出るような場所じゃない…と言いかけ、じょーはハッと口を噤んだ。
ぐれーとがゆっくりうなずく。
 
「そう…彼女が…暗闇の山中でどんな目にあったか…それも、ついこの間のこと…!」
 
返事もせず、じょーは身を翻して、闇の中に駆け入った。
ぐれーとは思わずため息をついていた。
 
 
息を弾ませ、山門の前まで走ってきたふらんそわーずは、ふと足を止めた。
じょーの言葉が不意に蘇る。
 
「馬にも乗れない女の子が、鬼と戦えるはずなんかないよ!」
 
こらえてきた涙が溢れる。
…たぶん、彼の言うことが正しい。
毎日、稽古してきた。が、自分の腕も足も、じょーとは比べものにならないほど弱い。
ここで、生きていけると思いたかった。
やっと、自分の居場所が見つかったと…でも。
 
貴族の出身だったというじょー。
なぜ、家を出たのか、身分を捨てたのか、聞いたことはないけれど…
彼は自分から望んでそれを捨てた。そして、しなやかに自由に生きようとしている。
 
…私とは…違う、あの人は…何もかも。
 
彼が眩しかった。彼を追いかけて走っている間は、つらいこともみんな忘れていられた。
それでも、いつか…彼に迷惑をかけるのなら。
いや…今でも、十分足手まといになっているはず。
 
ふらんそわーずは少しずつ後ずさりしてから、くるっと山門に背を向け、走り出した。
 
大きな木の根本。
昼間、弓の稽古のとき、いつも休憩している場所だ。
肩で息をしながら、ふらんそわーずはそこに倒れ込んだ。
もう、立っていられない。
 
木にもたれ、あたりをそっと見回す。
黒々とした闇に包まれているのに初めて気づき、ふらんそわーずは思わず両手で自分の体を抱きしめた。
 
襲いかかる影。自分を庇い、倒れたぴゅんまの叫び。
「姫君…!お逃げください…!!」
 
逃げてきた…ずっと…逃げてきたわ、ぴゅんま……
でも…もう…もうどこにも逃げられない……!
 
ここは安全な場所だから…と言ったじょーの言葉も、恐怖にかき消されていた。
ふらんそわーずは目を閉じ、耳をふさいで、ただ震えていた。
 
「意気地なし…!馬にも乗れない女の子が、鬼と戦えるはずないよ!」
 
そうだわ……どうして、私…あのとき死んでしまわなかったの…?
 
「姫君…生きて…生きてください…!」
 
片時も忘れたことのない声が、耳元で囁く。
ふらんそわーずは、激しく首を振った。
 
ごめんなさい…もう、駄目…私には…無理よ…
一人で生きていくなんて…もう……
 
突然、凄まじい力で肩をつかまれた。
大きく目を見開き、声も出せずにいるふらんそわーずを、じょーは夢中で揺さぶった。
 
「ふらんそわーず!!…大丈夫か?」
「…じょー…?」
 
じょーは息を乱し、髪の先から汗の滴を落としていた。
 
「よ…かった…!怪我はない…?どうしたんだ、こんなところで…」
「……馬…が…」
「…馬は、帰ってきたよ…ごめん、意地悪をして…」
 
大きな青い瞳をのぞき込み、じょーはふと口を噤んだ。体が震える。
不意に荒々しく抱きしめられ、ふらんそわーずは息を呑んだ。
 
「…よかった…無事で…!心配…したんだ…」
「じょー…?」
 
こわごわ、彼の背中に触れ、ふらんそわーずはハッとした。
小刻みに震える背中。
栗色の頭をぎゅっと押しつけられた肩が、少しずつ濡れていく。
 
汗…じゃない…まさか…
泣いているの…?あなたが…なぜ…?
 
ふらんそわーずは、両手で優しく彼の髪を撫でた。
やがて、彼は顔を上げた。
 
「…帰ろう…みんな、心配している…」
我に返り、ふらんそわーずは怯えた目でじょーを見つめた。
静かに首を振る。
 
「なぜ…?」
「……迷惑を…かけます…」
 
栗色の瞳が寂しく曇る。
じょーはそっとふらんそわーずを離し、彼女の隣に座った。
そのまま、二人は黙ったまま、並んで座っていた。
 
どれほどそうしていただろうか。
ふらんそわーずは、じょーが懐から何かを取り出す気配に気づいた。
 
笛だ。
 
澄み切った、不思議な調べがふらんそわーずを包んだ。
聞こえるのは、彼が奏でる笛の音だけ。
闇の中、見えるのは彼の白い横顔だけ。
ふらんそわーずは、いつか目を閉じ、その調べの中に身をゆだねていた。
 
「…ふらんそわーず」
囁くような声に目をあける。
「…帰ろう」
 
黙ってうなずくふらんそわーずの手を取り、そっと立たせた。
もう一度、青い瞳をじっと見つめ、じょーは囁いた。
 
「本当に…ごめん…僕を…許してくれる…?」
 
答えることはできなかった。
涙が溢れ、ふらんそわーずはじょーの胸に顔を埋めた。
 
更新日時:
2001.12.01 Sat.
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Last updated: 2006/3/5