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日本昔話的009

鬼退治 初陣 上
 
鬼はなぜか、美しい娘を食らいたがる。
娘が美しければ美しいほど、鬼の執着も強い。
 
都から遠く離れた村に住むその長者には、透き通るように白い肌と、長く艶やかな黒髪を持つ一人娘がいた。
噂を漏れ聞いた都の若い貴族たちは次々に長者の家を訪れ、娘に求婚した。
朝廷は、彼らの身分に釣り合うように…と、長者に異例の昇進を与え、都に呼び寄せる手はずを整えた。
 
ぐれーとは話しながら、秩序を軽んじる最近の朝廷のやり方を嘆いたが…問題はもちろん、そこではない。
 
娘が、鬼に狙われ始めた。
噂はすぐ都にも伝わり、鬼を畏れる朝廷は、長者の昇進を取り消し、上京を差し止めた。
 
じょーたちの前にあらわれた長者は、温厚な老人だった。
気の毒がるぴゅんまに、彼は笑って首を振った。
…私達は、ここで静かに暮らしたかったのです。娘にも、身分などなくても、真心が確かな優しい婿を迎えたいと思っています。
 
ただ、鬼だけが…その暮らしを脅かし続けていた。
 
5つ。
全神経を集中させ、じょーは影の数を確認した。何かひっかかる。
だが…躊躇している場合ではない。
背後に迫った影を振り向きざま斬りつけ、叫んだ。
 
「みんな、あと…4つだ!!」
 
ここに隠れて見ていろ、とじょーに命じられたふらんそわーずは、闇の奥へ目を凝らしていた。
白い光を散らしながら、鳥のように跳び歩くじょー。
わずかな無駄もない、名手の舞のようなあるべるとの動き。
二人を絶妙な呼吸で援護するぴゅんま。
 
息もつけずに見つめていた彼女は、ふと、闇が動くのを見たような気がした。
じょーの背後。一瞬の死角。
考えるより先に、体が動いた。
 
じょーが凄まじい殺気に気づいたのは、最後の影を斬り捨て、息をつきかけたときだった。
 
「じょー!」
「危ない!!」
 
あるべるととぴゅんまが同時に叫ぶ。間に合わない。
じょーは懸命に振り向き、太刀を構えようとしたが……既に目を閉じていた。
 
やられる…!
 
その瞬間、影は消えた。
近くの木に、切り斑模様の矢が突き刺さっている。
 
「…ふらんそわーず…?」
 
駆け寄った2人も顔を見合わせ、矢を抜いた。
ぴゅんまがハッと我に返り、駆けだした。
 
「姫君…!!」
 
ふらんそわーずは木の根本にもたれ、放心したように座り込んでいた。
左手に、弓を握りしめている。
 
「姫君、お気をたしかに…!!大丈夫ですか?」
「…ぴゅんま…?」
「ま、まさか…あの矢は…姫君が?」
ふらんそわーずはぼんやりぴゅんまを見上げた。
 
「ふらんそわーず!!」
 
全速力で駆けてきたじょーが、体当たりするようにふらんそわーずに飛びつき、そのまま高々と彼女を抱き上げた。
 
「すごい…!すごいよ、君がやったんだね、こんな遠くから!!」
「……」
「…ありがとう…もう駄目かと思ったんだ…助かった…君のおかげで」
「……」
「?…ふらんそわーず…?」
あるべるとは苦笑いした。
「馬鹿…驚いてるじゃねえか…下ろして、落ち着かせてやれよ」
じょーの腕の中で、立ったまま、まだぼうっとしているふらんそわーずの目をのぞき込み、亜麻色の髪をくしゃっと撫でる。
 
「よく…やったな。お前がじょーを助けたんだぞ」
 
ふらんそわーずの目から、涙が零れた。
じょーが慌てて彼女から少し身を離すのを鼻で笑い、あるべるとはさっと彼女を抱き上げた。
「引き上げよう…じょー、お前、もう大丈夫だと…長者殿に伝えてこいよ」
「う…うん」
 
長者の館へ向かってしばらく歩いてから、じょーはふと振り返った。
3人はまださっきの場所にいる。
あるべるとが、ふらんそわーずを抱きかかえたまま、耳に何か囁いた。
ふらんそわーずの頭が微かに動き、あるべるとの肩にもたれかかる。
じょーは口をきゅっと結び、館へと駆けだした。
 
 
知らせを聞いて、安堵の表情を浮かべた長者に、じょーはすまなそうに付け加えた。
「でも…これで終わったかどうか、まだ…もし、鬼そのものを倒さなければならないなら…そのためには、いわんが目を覚まさないと…」
「ご面倒をおかけします。行き届きませんが、みなさんのお世話は、今までどおりさせていただきます…そうだ、明日の晩、みなさんでここにお越しください…ささやかですが、英気を養っていただけるよう、宴をひらきたいのです」
 
宴、と聞いて、ぐれーとは大きくうなずいた。
「う〜む、長者どののお気持ちを無にするわけにはいかないですなあ…」
「アンタ、酒飲みたいだけアルやろ…?」
「うるさいな、お前だって、珍しい料理が出るかも…とか、意地汚いことを言ってたじゃねえか!」
「私のは、研究のためアル…!料理は奥が深いアルからねえ…!」
「でも、じょー…ほんとにこんな大勢で行っていいのか?長者殿には、立派な仮住まいまで用意してもらっていて…これ以上世話になるのはちょっと気がひけるけど…」
心配そうに見返すぴゅんまに、じょーは笑った。
「もらえるモノはもらっておいていいんだよ」
「…?」
あるべるとが首を傾げた。じょーは気づかず、隣のジェットに笑いかけた。
「ね、そうなんだろ、じぇっと?」
「…うるせえな」
「なんだ…やっぱりお前か?」
「じょー、泥棒の言うこと、真に受けてたらいけないアルねえ…!」
「なんだと?」
全員が声を上げて笑った。
 
「そうだ、ふらんそわーず…君も行くんだよ、もちろん」
「…え?…でも…私は…」
口ごもるふらんそわーずに、じょーは微笑んだ。
「長者殿が、君に…って、きれいな着物をくれたんだ…」
ほら、きっと似合うよ…とじょーは包みを開き、薄紅の絹織物を示した。
が、ふらんそわーずは首を振った。
 
「…いわんの世話をしなければいけないですから」
「いわんも連れて行けばいいよ…それに」
あるべるとがじょーを遮った。
「いや、さすがに赤ん坊を連れて行くわけにはいかないさ…悪いな、ふらんそわーず…何か、土産をもって帰るから」
ふらんそわーずは微笑み、首を振った。
「な、何だよ、あるべると…!そんなの、かわいそうじゃないか…!ねえ、みんな?」
返事をする者はいない。
じょーは唇を噛み、乱暴に立ち上がって、足音荒く部屋を出ていった。
 
「…仕方がないな…若君は、まだまだ子供だ…ふらんそわーず、すまない」
説明してくるから…と立ち上がりかけたぐれーとを、ふらんそわーずは慌てて抑えた。
「そんなこと、いいんです…!私が我儘なんですもの…みんな、ありがとう…ほんとに…ごめんなさい」
うつむくふらんそわーずの肩を、じぇっとが軽く叩いた。
 
 
宴の席に現れた娘は、ゆき、と名乗った。
何となく目のやり場に困っている男たちに、長者は笑った。
「ご遠慮なく…都の姫君ではないのですから…顔や姿を隠す必要などありません…私達は、みなさんと親しくしていただきたいのです。その上で、お礼を…」
「助けていただいて、ありがとうございます」
彼女は手をついて深々と頭を下げた。絹のような髪が、さらさらと音を立てて流れた。
 
 
足音に、ふらんそわーずは、びくっと身をすくめた。
「悪いな…脅かしちまったか」
「…あるべると…?もう…宴は終わったんですか?」
「ちょっと酒を過ごした…迷惑をかけるといけないから、早く戻ったんだ」
ほら、土産だ…と、あるべるとはみごとな桃をふらんそわーずに渡した。
「まあ…きれい…いい匂いだわ…ありがとう、あるべると…」
ふらんそわーずは微笑んで、大事そうに桃を両手で捧げ持った。
 
笛の音が微かに聞こえる。
「…じょーだな…いい音だ…」
つぶやくあるべるとを見つめ、ふらんそわーずは小声で言った。
「お酒を過ごされたなんて…嘘。だって、ぐれーとのような匂いがしないもの」
「ふふ…あいつは半分病気だ…一緒にするな」
「…ごめんなさい」
 
笛に、琴の音が混じった。ふらんそわーずはふと顔を上げた。
「……」
あるべるとがゆっくり立ち上がる。
 
誰が…弾いているのかしら…
きれいな音…聞いたことのない音だわ…
 
「和琴は…弾けるか?」
部屋の奥からあるべるとの声。ふらんそわーずは振り返り、首を振った。
「箏だけです…あの」
「じゃ、和琴は俺が弾こう…箏を頼む。ちょっとつきあってくれ…」
 
長者が用意した家には、調度品や楽器も備え付けてある。
ふらんそわーずはためらいながら、奥へ入り、あるべるとの前に座った。
 
足元が定まらないぐれーとを支えながら歩いていたじょーは、ふと微かな音色に気づいた。
「この…音…?」
二つの琴の音が寄り添い、戯れあい、離れてはまた一つに溶け合う。
恋人どうしの語らいのような、優しい音色。
 
「あるべるとでしょう…それから…」
「ふらんそわーず?…あの子、琴なんか弾けるのか…」
「箏の琴だけだと聞いていますが…それは見事なお手並みですよ」
少々得意そうに、ぴゅんまがうなずく。
「ふーん…?」
「ン?…ハハ、見ろよ、こいつ…拗ねてるぜ!!ふらんそわーずが男と合奏してるからって…」
「そんなことないよ!!いい加減なこと言うな!!」
じょーは真っ赤になって、じぇっとにくってかかった。
「琴を弾くのなら、長者殿の館で弾けばよかったのにって思っただけだ…着物までもらったのに…」
「…じょー」
じぇろにもの重い声。だが、じょーはさらに言い募った。
「ふらんそわーずは、我儘だよ…!知らない人に顔を見せたくないんだ…あの子、お姫さまだったんだろ?…だから…!」
「うう…若…!若君!!…それは違いますぞ…!」
「…ぐれーと?」
「ん?…まだ酔っぱらってるアルね…ほら、ちゃんと立つアル!」
「やかましい…!!」
ぐれーとは支えを振り切って、ふらふらと立ち、焦点のさだまらない視線をじょーに向けた。
 
「若君…若君は間違っておられる…!!」
「何がだよ…もういいよ、ぐれーと…ほら、急ごう!」
「いやいやいやいやいや!!…若君は…ふらんそわーずがお姫さまで我儘だと…だから、キライだとおっしゃるが…」
「…キライだなんて…言ってないよ…僕はただ…あれ?ぐれーと?」
ぐれーとはその場に倒れ込み、高いびきをかきはじめた。
「…もう…しょうがないなぁ…」
ため息をついて、ぐれーとを抱え上げるじょーに手を貸し、じぇっとは耳打ちした。
「お前…ホントにわかってないんだな?」
「何が?」
「…お姫さんはな、恥ずかしかったんだよ…!」
じぇっとはぐれーとの禿頭を指さした。
 
「?」
「…髪だよ、髪!」
 
それだけ素早く言うと、じぇっとはちらっとぴゅんまに目をやり、口を噤んだ。
肩の辺りで切りそろえられた亜麻色の髪。
尼でもないのに、あの長さはおかしい。貴族だろうが平民だろうが。
彼女がなぜ髪を切ったのか…おそらくぴゅんまなら知っているはずだが。
さすがのじぇっとでも、聞いてはならない…と感じざるをえなかった。
 
…ふらんそわーずの…髪?
じょーは眉を寄せた。
風を受けて細かく散らばる、優しい色の金髪。
 
じっと考え込むじょーを、じぇっとは危ぶむように見つめた。
こいつ…わかってるんだろうな…?
 
 
酔いつぶれたぐれーとの世話を慌ただしくすませた後、部屋にもどったふらんそわーずはふと思いに沈んだ。じょーに渡された着物の包みをそっと開ける。
 
上質の絹の手触り。柔らかな色合い。
 
こんな着物を手に取るのは…久しぶりだ。
いや、自分のものとして手に取るのは…初めてかもしれなかった。
 
おそるおそる広げて、袖を通す。
 
ふらんそわーずは静かに簾を上げ、廊に出た。月が美しい。
幼いころ聞いた、月の姫君の物語。
何度も心に思い描いた月の国。
苦しみも、悲しみも…憎しみもない、美しい世界。
 
ふらんそわーずはそっと髪に手をやった。
考えるまい、といつも自分に言い聞かせている。
後悔はしない。そう誓った。
後悔など、していない。
…でも。
 
きっと…ぴゅんまは、また胸を痛めただろう。
この着物を着て、宴に行けばよかった。
…それに…そうすれば…あの人も…
 
じょーは、迎えに出たふらんそわーずを見ようともせず、部屋に戻ってしまった。
 
あの人は、いつも、ただ私だけを見てくれている…私の、本当の姿を。
他の誰にどう見えてもいい、あの人の目に…正しく見えるなら…
それなのに…私には、勇気がなかった。
 
「…やっぱり…よく似合ってる」
 
飛び上がるように振り返ったふらんそわーずを、じょーは寂しそうに見つめた。
ふらんそわーずは懸命に呼吸を整えた。
 
「君を、長者殿やゆきさんや…みんなに見せたかったよ…その着物、ゆきさんが出してくれたのから、僕が選んだんだ」
ふらんそわーずは大きく目を見開いて、じょーを見つめた。
「あんなに上手に琴が弾けるなら、ホントに来ればよかったのに…ゆきさんも、琴が好きなんだって…君と合奏したら素敵だっただろうな」
 
うつむいた横顔に、細い黄金の糸のような髪がこぼれかかる。
思わず深いため息をつくじょーを、ふらんそわーずが怪訝そうに見やった。
 
「…な、何でもないよ…う…んと…その、君の…髪がさ…綺麗だなって思ったんだ……」
じぇっとの言葉を思い出しながら、じょーは用心深く言った。
「……」
「都にいたとき、うちには、いろんな女房たちがいたけど…ゆきさんの髪も、とっても長くてつやつやしていたけど…でも、君みたいな……」
じょーはハッと口を噤んだ。
 
「…ふらんそわーず…?」
両手で顔を覆い、肩を震わせるふらんそわーずに、じょーはうろたえた。
「…な、泣かないでくれよ…ごめん…その…泣かすつもりじゃ…あの…僕は、ただ…」
 
ふらんそわーずは首を振った。
涙を払い、笑おうとしたが、できなかった。
嬉しいのか、悲しいのか…わからない。
 
困り果てたじょーは、口の中で謝りながら、おそるおそるふらんそわーずの髪に手を伸ばした。
…ほんとに…綺麗なのに……
が、微かに指が触れた瞬間、ふらんそわーずはびくっと体を震わせ、顔を覆ったまま、簾の中に駆け込んでしまった。
 
「…ふらんそわーず」
途方にくれ、じょーは月の光の中に立ちつくした。
 
 
鬼はあきらめなかった。
毎晩現れる影は、その強さも数も変わらない。
しかし、何度じょーたちに倒されても、影は翌日の晩にはまた必ず現れ、長者の館を狙った。
 
とりあえず、決まった時間、決まった場所に現れる影を倒す。
楽な仕事ではなかったし、それでどうなるというあてもなかったが、他に為すすべはなかった。
じょーたちは、交替で不寝番に立ち続けた。
 
「うん?…どうした、じょー?」
いつものように、寝ずの番をした帰り道。
じぇっとの問いに、生返事をして、じょーは素早く崖によじ登った。
朝露に濡れ、見事に咲きそろった白百合。
 
何本も丁寧に茎を切り取り、大事そうに抱える様子に、じぇっとは薄く笑った。
「しょうがねえヤツだな…」
つぶやき、駆け下りてきたじょーに、何気なく尋ねる。
「…なんだ、また贈り物か?」
「う…うん…ふらんそわーずに見てもらわないと…わからないけど」
吹き出しそうになるのをこらえる。
「それにしても、熱心なこった…お前、ゆきさんに惚れたのか?」
「ち、違うよ!」
口籠もり、頬を赤くする。じぇっとは意地悪く続けた。
「違わないなぁ、普通に考えたら…ふらんそわーずも、言ってたぜ…」
「…なんて?」
じぇっとは返事をしない。じょーはさっとじぇっとの前に立ちふさがり、語気を強めた。
「なんて言ったんだ、ふらんそわーず?」
「あーっ!何しやがる、てめぇ…!!」
じぇっとが大声を上げた。百合の花粉が、彼の着物に散っている。
「ご、ごめん…」
慌てるじょーの手を、じぇっとは乱暴に払いのけた。
「バカ、こすったらますますとれなくなるんだよ…!ったく、どーしてくれるんだ、この間抜け!」
「ごめん…ごめん、じぇっと…」
こっそりと笑いをかみ殺しながら、じぇっとは先に立ってずんずん歩いた。
 
「まあ、なんて綺麗…それに、いい匂い…!」
ふらんそわーずは眼を輝かせて大きな百合の花束を眺めた。
「…う…うん…」
「どこに咲いていたの、じょー?」
「崖の…途中に…」
「…そんな…登ったの?…危ないわ…」
「だ、大丈夫だよ…あの…それ…」
ふらんそわーずは微笑んだ。
「そうね、これは、こうして…これだけにした方がいいんじゃないかしら…何も混ざらないで、真っ白なのが、とてもすてきだから…きっと、ゆきさん、喜ぶわね」
「そ…そうかな…」
「もちろんよ…こんな綺麗な百合…初めて見たもの…」
「ふ、ふらんそわーず…その…君にも…」
口籠もるじょーに、ふらんそわーずは優しくうなずいた。
「ありがとう、じょー…」
小振りなつぼみを一本抜き取った彼女を、じょーは物言いたげに見つめたが、そのままうつむいて、花束をいつもの小川に浸しに行った。
今日も…全然わかってもらえない。
 
あの宴の夜…
ふらんそわーずの涙の理由はついにわからず、じょーは眠れない夜を明かした。
しかし、翌朝。
彼女は、いつもと変わらず、じょーに微笑みかけた。
あれ以来、弓や太刀の手ほどきを受け、簡単な見張りに同行して、戦い方を学ぶ彼女からは、何の屈託も感じられない。
 
一方で気になって仕方がないのは…
毎晩のように、あるべるとの部屋から響くようになった、二つの琴の音。
音がやみ、軽い足音が廊を渡り、部屋に入るのを確かめるまで…じょーは寝付けなかった。
 
何かが気にいらない。もう、どうしようもなく苛々する。
が、自分が何をしたいのかわからない。
わかったような気がしたのは…3人で近所を散歩しているときだった。
 
あるべるとがふとかがんで、道端に咲く可憐な花を摘み取り、ふらんそわーずに手渡した。
ふらんそわーずは嬉しそうに微笑み、あるべるとを見上げた。
 
無性に腹が立つ。
こんなつまらない花…彼女には全然似合わない。
僕だったら…僕だったら、もっと綺麗な花を持ってきてやれる。
もし、彼女が望むなら、いくらでも。
 
その翌日。
じょーは山中をくまなく駆け回り、花が咲き乱れる野原を見つけた。
 
じょーが抱えてきた花束を眼を丸くして見つめ、ぐれーとは言った。
「…馬に食わせるおつもりか、若君?」
「え…?」
「ああ〜、嘆かわしい…!女性に贈る花というのは、多ければいいというものでは
なく…!」
延々と始まった長講義。
いつもなら、逃げ出していたはずだが、その日のじょーは真剣だった。
 
たぶん、ぐれーとの話が長すぎたのがいけなかったのだ。と、じょーは後で思った。
花束を挟んで話し込んでいる二人の男の上に、感嘆の声が降った。
 
「綺麗…!どうしたの、じょー、こんなに?」
 
じょーはもちろん、ぐれーとも、ただただうろたえた。
結局、しどろもどろで、花束を作ろうとしていた、ということを説明すると、ふらんそわーずは手際よく数本の花を抜き取って、小さな花束を作り、二人に示した。
 
「これで…どうかしら?」
 
見事なできばえだった。褒められたふらんそわーずは頬を染め、じょーに花束を手渡した。
 
「ゆきさん、喜んでくれるかしら…」
「え…?あ、あの、ふらんそわーず…」
「いやいやいや、姫、この花は…そう、姫に…」
「…私にも…もらえるの?」
 
嬉しそうに尋ねられ、訂正できなかった。
…君にも、じゃなくて…君に…摘んできたんだ…
懸命に言おうとして、じょーは彼女が作った花束と、自分が抱えてきた花の大束を見比べた。
 
…馬に食わせるおつもりか…?
 
初めて、ぐれーとの言葉が染みた。
真っ赤になったじょーは口籠もり、それ以上何も言えなかった。
 
何度試してもダメだった。
ふらんそわーずは、花束をゆきへの贈り物だと思いこみ、じょーがそれを自分に見せるのは、「点検」のためだと信じ込んでいる。
そうではない、と言えなかった。
なぜ言えないのか、わからない。
 
じょーはムキになっていた。
毎日花を集めてふらんそわーずに渡し、整えてもらってゆきに運ぶ。
その過程で、「余り物」がふらんそわーずの手に残る。
それが、大事そうに彼女の部屋に飾られているのを見て、彼の心は僅かに慰められた。
 
余計なことを考えているヒマはない…のかもしれない。
実際、稽古しているとき…彼女を叱咤し、太刀をふるい、弓を引いているときは…そんな迷いは微塵も起きない。
彼女の手をとっても、息がかかるほど顔が近づいても…
心は鏡のように静かなままだ。
 
澄んだ青い瞳が、真っ直ぐにじょーを見つめる。
それを強く見返すと、ふらんそわーずは次の瞬間、鮮やかに馬を駆り、すっと弓を引いた。
 
「…大したもんだ…」
つぶやくあるべるとを、ぴゅんまが怪訝そうにのぞいた。
「見ろよ…あいつら、さっきから一度も口を利いていないんだぜ…」
「そ、そういえば…」
 
影になぞらえた的を、一つ残らず射抜き、ふらんそわーずは馬を止めた。
ほとんど同時に、じょーも馬を止める。
 
「これなら、もう十分実戦で通用する…あの化け物の相方も立派につとまるだろう…」
「…化け物…って…じょー…のことかい?」
不安そうなぴゅんまに、あるべるとは笑った。
「お前でも…俺でも、ああはできないさ…あいつら…ぴったり動きが合っている…しかも、何の言葉も交わさず…合図さえなしにな」
 
だが…
なぜか、じょーはふらんそわーずをまともな戦場に連れて行こうとしない。
…彼女を大事にしている…ということかもしれないが。それだけではない…と、あるべるとは思った。
 
お前…何を畏れている?じょー…?
 
あるべるとは、鋭いまなざしをじょーに投げた。
俺達の戦いに余計な畏れは禁物だ。鬼は、人の心の隙間を襲う。
お前の…唯一の弱点は…おそらく…
 
彼の心の声が聞こえていたかのように、じょーがくるっと振り返った。
 
「あるべると!…先に帰っていていいよ…!!もう少し、稽古して行くから!」
「ああ…気をつけろよ、じょー…!」
 
あるべるとは手を振り、ぴゅんまを促すと、二人に背を向けた。
 
更新日時:
2001.12.01 Sat.
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Last updated: 2006/3/5