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日本昔話的009

鬼退治 冬支度(番外編)
 
どこに行くのか、朝になると寺を飛び出し、日暮れまで帰ってこないじょーは、毎日暑い暑いとぼやいていた。
が、夜になると、風はひんやりしている。虫の音も一日ごとに冴え渡る。
 
「…そうか…もう、秋アルねえ…!」
張々胡がしみじみうなずく。視線の先には、座って縫い物をしているふらんそわーずがいた。
「七人分だから…早く始めないと、すぐ冬になってしまうわ」
笑う彼女の隣に座り、じょーはじーっとその手元を見つめている。
「それは…誰の分?」
「…じぇろにもよ…大きいでしょ?」
「まだまだ…かかるのか?」
「そうねえ…だって、あと、あなたに…あるべるとに…じぇっとに…」
「じぇっとのはいいよ!…どうせ、どっかから盗んでくるんだから」
「…若君!!」
じょーは肩をすくめた。
「聞き捨てならねえこと言うじゃないか、じょー?…俺は、盗みはやめたのさ…な?ふらんそわーず?」
ふらんそわーずはせっせと針を運びながら、微笑みで応えた。
「…なんだよ?…なんで?…約束したのか?」
「お前には関係ないハナシだ、じょー…これは、彼女と俺だけの秘密ってやつ」
 
完全にふくれっつらになったじょーに、ぴゅんまはこらえきれず、吹き出した。
じょーはこのごろ機嫌が悪い。
冬物の支度、と言って、ふらんそわーずは一日中縫い物をしている。
どんなに誘っても、彼女は外に出ようとしなかった。
 
「せっかく上手になったのに…弓も太刀も、腕が落ちるぞ」
「…また、がんばって取り返すわ…だって、着るものがないと、みんな困るでしょう?」
ふらんそわーずは終始優しく微笑んでいたが、頑として動かない。
「一日くらい、いいじゃないか…!」
「一日だけ稽古しても…腕が落ちるのは同じだもの」
 
なんで、あんなに強情なんだ、ふらんそわーずは?と、とうとうじょーはぴゅんまに訴えた。
ぴゅんまは笑った。
「無理だよ、じょー…姫は、おそろしく頑固でいらっしゃるからな」
君だって、経験済みなんじゃないのか?諦めた方がいいよ…それに、必要なことなんだしね。
 
じょーはしぶしぶうなずいた。
 
澄み切った空に、月が煌々と輝いている。
気ままに琴をかき鳴らしていたあるべるとは、ふと手を止めた。
 
「…なんだ、やっぱりまだ縫っていたのか…?」
ふらんそわーずは顔を上げ、微笑んだ。
「おやすみになったかと…思ったわ…琴がやんだから」
「ひと休みして、お前もちょっと弾かないか?…いい月だ…」
ふらんそわーずは首を振った。
「ここで、あなたの琴を聞いているだけでいいの…もう少し弾いてください…仕事がはかどるし…心が…弾みます」
あるべるとは苦笑し、ふらんそわーずの隣に座った。
「…あ?」
「手伝おう…といっても、こうやって押えてるしか能がないがな…縫いやすくなるだろう?」
「それは…でも、いいのに…悪いわ」
「まあ、見てろよ…これでも、こういうことに慣れていないわけじゃないんだぜ」
たしかに、布の押えどころも、引く力も程良い。ふらんそわーずは目を丸くした。
「ほんと…とっても上手ね、あるべると…」
「…だろ?今日はそれを仕上げたら終わりにしろ…どうしても、お前の琴が聞きたいんだ」
「そんな…」
ふらんそわーずは僅かに頬を染めた。
 
まったく…見事な針運びだ、手慣れている。まるで、熟練した縫子のように。
あるべるとはふと思いにしずんだ。
あるぬーる家の姫…それが、なぜこんな…?
 
「…できたわ…!」
「ああ…フフ、疲れただろう?」
あるべるとは軽くふらんそわーずの肩を叩いた。
「いやね、あるべるとったら…私、おばあちゃんじゃないわ…」
「根を詰めれば、誰でも肩が張るもんだ…ほら、じっとしてろ…」
ふらんそわーずはくすっと笑い、大きく息をついて、目を閉じた。
 
「…まだ秋になったばかりだろう…何も、こんな遅くまでがんばることはないんじゃないか?」
「でも、早くしないと…弓も太刀もどんどん腕が落ちてしまうから…」
あるべるとはふと彼女から目をそらした。
 
「そんなこと、気にするな…体をこわしたら、元も子もない」
ぽつりと言った。
 
寝ころんで、半分上げた格子からぼんやりと月を眺めていたじょーはふと耳を澄ませた。
琴の音。
さっきの音と違う。
やがて、音は二つになった。
 
「…なんだよ…!琴で遊んでるヒマはあるんじゃないか…!」
口の中でつぶやき、じょーは跳ね起きた。
音を立てて格子を下ろし、真っ暗になった部屋の真ん中に転がって、両耳に指を突っ込む。
「もう夜中なのに…うるさくて寝られないよ…!」
 
翌朝。
勢いよくふらんそわーずの部屋に駆け込んだじょーは、簾を上げたとたん、固まってしまった。
「…あ…おはよう、じょー…」
「早いな…もう出るのか?」
ふらんそわーずの隣で、布を引っ張りながら、あるべるとが笑う。
「…う…うん…ふらんそわーず、今日は…」
「ごめんなさい…でも、もうすぐ終わるわ…あるべるとが手伝ってくれて、とってもはかどっているのよ」
「…てつだう…?」
じっと見ているじょーにそれきり目をやることもなく、ふらんそわーずは忙しく手を動かしていた。
布を押えているあるべるとの手が彼女の手から離れ…また近付く。
 
じょーは、ぎゅっと口を結んで簾を乱暴に下ろした。
 
馬のいななきに、ふらんそわーずは思わず顔を上げた。
「じょー…?どうしたのかしら、鞭をあてたりして…何か、急ぐことでも…?」
「…さあな」
あるべるとは笑いを押し殺し、首を傾げてみせた。
 
今夜は琴の音がしない。
廊で大きく伸びをしたじょーは、ちらっとふらんそわーずの部屋の方を見た。
微かに灯りがもれている。
 
足音を忍ばせ、こっそり部屋に近付いた。
格子が少しだけ上げてある。
じょーは体をぴったりと柱に寄せ、格子の隙間から、中をのぞいた。
ふらんそわーずは一心に縫い続け…その傍らには、あるべるとがいる。
 
何か話しているが…聞き取れない。
時折、ふらんそわーずがくすっと笑う。
それを見つめるあるべるとのまなざしは、限りなく優しい。
 
突然、ふらんそわーずが小さな声を上げた。
「…どうした?」
「……」
針で突いた左の薬指に、ぽつん、と血の玉が盛り上がるように浮かぶ。
あるべるとは無言でふらんそわーずの手をとり、その指先をそっと口に含んだ。
「…あ」
ふらんそわーずは目を伏せた。頬がみるみる紅に染まっていく。
 
じょーは思わず拳を握りしめていた。
 
早く…何とかしないと…そうしないと…ええと。
どういうことになるの、か…な?…よくわからないけど。
でも、とにかく、ぐずぐずしていちゃダメだ、たぶん……!!
 
「ったく、じょーはどこ行ったアルかね…?夜明け前から馬をとばして…いつ帰ってくるのかも言わずに…困ったアル!」
食事を用意する者の身になってほしい、と、張々胡は嘆いた。
もう、日が暮れかかっている。
そのとき。
蹄の音が一気に近付き、止まった。
 
「ふらんそわーず!!」
急ぎ足で部屋に駆け込んできたじょーは、手に細長い大きな包みを持っていた。
「…じょー…?それ…」
首を傾げるふらんそわーずの前で、じょーが包みをぐるぐるとほどくと、木でできた道具のようなものが現れた。
「…これを…こうやって、膝に敷くだろ?…それで、ここを…布の端にはさんで…」
呆気にとられているふらんそわーずに構わず、じょーはその道具の使い方を説明した。
要するに、縫い物をするとき、布を押え、ひっぱることのできる道具だ。
「まあ…便利ねえ…こんなものがあるなんて、知らなかったわ…」
感嘆するふらんそわーずに、じょーは得意そうに言った。
「この世にひとつしかないのさ…!ぎるもあに作ってもらったんだ」
「…ぎるもあ様に?」
「うん…君が、たくさん縫い物があって大変だって言ったら、すぐ作ってくれた」
「……」
ぐれーとは眉を寄せてじょーを睨んだ。
…どうやら、これは…あとで、ぎるもあ殿に詫びをいれにいかなくてはならないな…
 
「どう…?気にいった?」
意気込むじょーに、ふらんそわーずはうなずき…少し困ったように微笑んだ。
「ありがとう、じょー…でも…」
「…でも?」
茶色の瞳が曇る。ふらんそわーずはすまなそうに言った。
「…あのね…もう…全部終わっちゃったの…今日…だから…」
「…終わった?」
「…ええ…」
ごめんなさい、と言おうとしたふらんそわーずは、いきなり手首をつかまれ、目を丸くした。
じょーは目を輝かせ、ふらんそわーずを思い切りひっぱり、立たせた。
 
「終わったのか…!じゃ、行こう!」
「行こう…って…どこへ?」
困惑するふらんそわーずを引きずるようにして、じょーは外へ飛び出した。
「じょー、どこ行くアル?!夕ご飯できるアルよ〜っ!!」
ただならぬ怒気を含んだ張々胡の声を黙殺し、馬に飛び乗る。
「おいで…!」
「そんな…無理よ、この着物じゃ…ア?!」
じょーはふらんそわーずを引っ張り上げて、自分の前に横向きに座らせ、左腕でしっかり彼女を抱きしめながら、右手で手綱を取った。
 
「見せたいものがあるんだ…!」
全速力で馬を走らせ、じょーは言った。
「見せたい…もの…?」
「きっと驚くよ…!すっごく広い、薄の野原で…それが、真っ白になって、風にそよいで…」
「……とても…素敵ね…でも、じょー…明日にしない?」
「ダメだよ、今が一番きれいなんだから…!」
「でも…もう…」
辺りは薄闇に包まれている。
 
ふらんそわーずはふと口を噤んで微笑んだ。
そっと…ほんの僅か、じょーの胸に頬を寄せる。
じょーは、左腕にまた力を込めた。
 
 
 
    
 
更新日時:
2001.12.01 Sat.
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Last updated: 2006/3/5