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日本昔話的009

鬼退治 記憶 序
黄昏時。刺すように冷たい風が吹き始めていた。
思い切り手を伸ばし、じょーは真っ赤に染まった蔦を掴んだ。そうっとひっぱる。
「…よぉーし、うまくいった…!」
飛び降りようと下を見て、じょーは固まった。ふらんそわーずが心配そうに見上げている。
「じょー…?何してるの?」
「う…」
どうしてわかったんだろう。絶対見つからないように…と、あれだけ気をつけたのに…
 
じょーはのろのろと木から降りた。その手の中の蔦に、ふらんそわーずは目を輝かせた。
「まあ…!なんてきれいなの…!!あの、てっぺんにあったのね…すてき…もう紅葉は終わったと思っていたのに…」
じょーは深呼吸した。
今日こそ、負けるものか…!と、気合いを入れかけたとき、ふらんそわーずの無邪気な笑顔に視線が釘付けになってしまった。
…まずい。
 
「ねえ、じょー…こんな見事な蔦…ただ贈るのはもったいないわ…何か、歌をつけると…もっと素敵になるのに」
「う、歌?!」
思わず叫んでしまった。ふらんそわーずがくすくす笑う。
「やぁね…じょーったら…!そんなに難しく考えなくても…そうだわ、あるべるとに頼んでみたら?あるべると、とっても上手なのよ」
 
……え?
 
「なんで、そんなこと知ってるんだよ?」
つい声がとがる。ふらんそわーずは僅かに頬を染めた。
「あ!…あれだろっ?…この間、君にって持ってきた花に…ええと…たしか…」
「…女郎花よ」
ふらんそわーずはますます赤くなっていた。
 
それだ、それそれ!
なんか、黄色い地味な花だった…あれに歌なんかつけてたんだ、あるべるとのやつ!!
 
「…どんな歌?」
ふらんそわーずは目を丸くして、じょーを見た。茶色の瞳は真剣そのものだ。
彼女はためらいながら、小声で答えた。
「女郎花 秋の野風に うちなびき 心ひとつを たれに寄すらむ」
 
長い長い長い……沈黙。
じょーは、じーっと、にらみつけるようにふらんそわーずを見つめた。
やがて、ふらんそわーずは何度も瞬きを繰り返し、慎重に口を開いた。
 
「…あの……ええと…つまり、意味は…」
「いいよ!」
「え?」
「わざわざ、説明しなくてもいいってば!……わかるから」
「…そ、そう…?」
「う、うん……大体は」
ふらんそわーずはほっと息をついた。
 
「…そうね…無理して歌をつけることなんてないかもしれないわ…ごめんなさい…」
「あ、あの…ふらんそわーず…」
「そうだわ、私…籠を編んだのよ…その中に入れたら素敵じゃない…?ね、そうしましょうよ…ゆきさん、きっとよろこぶわ…!」
 
ああああ〜っ、もうっ!!!
 
叫びそうになるのを抑え、じょーは懸命に呼吸を整えた。
絶対に、こうなるんだ…!だから、こっそり取りにきたのに…
それで、こっそり君の部屋に運んで…驚かそうと…
 
澄んだ青い目が、きらきらと楽しげに見つめている。
ため息をつきかけたとき。
 
「じょー!ふらんそわーず!!」
じぇっとだ。ものすごい形相で走ってくる。
 
「…じぇっと?」
「いわんが泣いた…!長者殿の館だ…急げ!!」
「…なん…だって?!」
じょーの手から、真っ赤な蔦が落ちた。
 
 
必死に馬を走らせ、駆けつけたときは、もう辺りは闇に包まれていた。
灯りがついているはずの大きな館はひっそりと静まりかえっている。
 
「長者殿…!!ゆきさん…!!」
ぐれーとが叫ぶ。張々胡は頓狂な声を上げた。
「み、見るアル〜っ!!スゴイ数の影アルよっ!!」
「ち…くしょう…!!」
歯ぎしりしたじぇっとは、猛然と馬を走らせ、切り込んでいった。
戦いが、始まった。
 
「ゆきさーん…!!」
「長者殿!!」
 
影をなぎ払いながら、彼らは館を走り回った。
…生きている者の気配はない。
 
突然、ふらんそわーずが悲鳴を上げた。
「ゆきさん…!!」
叫ぶなり、太刀を構え、駆け出していく。
目にもとまらぬ勢いで影を切り裂き、ふらんそわーずは倒れている少女を抱き起こした。
 
「ゆきさん…!ゆきさん、しっかりして……!!」
「危ない…!!」
 
じょーはふらんそわーずに迫っていた影を切り捨てた。
「ふらんそわーず!!」
じぇろにもも駆け寄り、ふらんそわーずからゆきを受け取った。
 
もう…息をしていない。
 
「……」
「じぇろ…にも…?」
 
震える声でふらんそわーずが呟いたとき。
遠くで、ぐれーととぴゅんまの叫びが聞えた。
長者の亡骸が…見つかった。
 
堅く拳を握りしめ、うつむいていたじょーが、ふと顔を上げた。
「――――っ!!」
茶色の瞳に、凄まじい光が宿った。
呆然と佇む仲間たちに見向きもせず、じょーは影たちの中に切り込んだ。
 
……そして。
 
「…あ、ああっ?…おい、ふらんそわーず…?!」
じぇっとが慌てた。
ふらんそわーずも、物も言わず、じょーの後を追っていた。
 
 
「ああっ、何て数だ、まったく……!!」
ぐれーとがぼやく。
「ホント、どうなってるか、わからないアルよ…!鬼はとっくに倒したアルのに…!!」
「…これで…最後だっ!!」
気合いとともに、あるべるとが残った鬼を叩き切る。
「…あとは…?」
「館の裏アル…!きっと、じょーたちが戦ってるアルよ…!」
三人はうなずき合い、走った。
 
息せき切って駆けつけた三人は、立ちすくんでいるじぇっとを見つけた。
「な、何してるアル〜?」
「他のやつらは…どうした?」
「…じぇろにもとぴゅんまは…ゆきさんをぎるもあ殿のところへ連れていった…もう…手遅れにきまってるが」
「じょーと……ふらんそわーずは…?!」
あるべるとの鋭い視線を受け止め、じぇっとは黙って前方に目を移した。
 
……蒼白い火花が絶え間なく散っている。
 
あるべるとは思わず怒鳴った。
「何ぼやっと見てやがるんだ…?!さっさと…!!」
が、走り出そうとして、あるべるとは大きく目を見開き、息を呑んだ。
 
「……だろ?…入れねぇんだよ…どうしても…」
じぇっとはつぶやき、ふらふらと現れた影を斬った。
「こうして…逃げようとした影を倒すぐらいしか…することがねえ…」
 
…化け物だ……
じぇっとがつぶやいたのか…自分の心がつぶやいたのか、わからない。
あるべるとは瞬きもせず、戦う二人の姿を見つめていた。
 
鳥のように跳び回るじょーが、次々と影を斬り裂き、僅かに残った影を、ふらんそわーずの刀が一つ残らず捉える。
次の瞬間、彼女は追う影を誘い集めるように走り、太刀を振り上げたじょーの前に舞い降りた。彼女が飛び退いた一瞬後、じょーの太刀が影を一気に叩き斬る。
流れる水が、岩に分けられ、また一つになるように。
張りつめた糸で結ばれているように。
二人は、無言のまま、凄まじい勢いで近づき、離れ……影を倒し続けた。
しかし…影は次々に現れる。
 
不意に、ふらんそわーずが小さな声を上げ、膝を折った。
 
呆然と立ちつくしていた三人は、声にならない悲鳴を上げた。
飛び込んでいったじょーの太刀先は、まっすぐふらんそわーずに向かっている。
 
「じょー!!」
「ふらんそわーず!!」
 
三人同時に叫んだとき。
辺りが白い光に包まれた。
 
……カンベンしてよ…起こし方が、乱暴すぎるったら…!!
 
「…い…わん……?」
張々胡はへなへなと座り込んだ。
「お、遅いアル遅いアルよ〜〜っ!!!」
 
鬼は…消えた。
 
……鈍い金属音。
ふらんそわーずは、目の前に構えた太刀で、じょーの刃を受け止めていた。
二人は動かない。
 
「…若君!!」
ぐれーとが太刀を抜いた。驚くあるべるとを目で抑える。
「…手出しは無用にされたい…!ああなってしまったら…若君は、血を見なければ正気に返らないかもしれぬ…その血は……拙者がたてまつらねばならんのだ!!」
「ぐれーと?!」
「手出し無用…!!」
鋭く言い放ち、ぐれーとはゆっくりとじょーに向かっていった。
 
じょーとふらんそわーずは、燃えるような目で見つめ合い、太刀を合わせていた。
唇をかみしめ、懸命にこらえていたふらんそわーずの腕から、少しずつ力が抜けていく。
 
「あぶない……!!」
ぐれーとが叫んだ。
ふらんそわーずの手から太刀が落ち…同時に、じょーも、太刀をとり落としていた。
 
「………」
「…ふ…らん…?…」
 
震える声で、じょーがつぶやく。
ふらんそわーずはそのまま地に倒れた。
 
駆け寄るぐれーとを突き飛ばし、じょーはふらんそわーずを抱き起こした。
「しっかり…!しっかりしろ、ふらんそわーず…!ふらんそわーず…?!」
 
「…痛たたたた……」
尻餅をついたぐれーとはのろのろと起きあがり、ほっと息をついた。
 
「あ!…ぐれーと……!ふらんそわーずが…!!」
「…大丈夫…気を失っているだけでしょう…若君こそ…?」
探るように見つめられ、じょーはハッと我に返った。
「……う…うん…大丈夫…だ…」
 
 
…姫君…生きてください…
 
わかってるわ…約束したもの。
私たちは…きっと生きていくって…約束したわね、忘れてない。
一緒に行きましょう…出口はどこ?
 
少女は微笑んで、ふらんそわーずの背後を指さした。
振り向くと、小さな光が見える。
ほっと息をつき、視線を戻すと…少女はいない。
 
「…せりな…?!」
思わず叫んだふらんそわーずを、息がつまるような闇が包んだ。
「せりな…せりな…!!」
懸命に目を凝らしたふらんそわーずは、微かに白い影を見た。
夢中で駆け寄る。
少女が…倒れている。
…せりな…じゃ、ない…?
 
「ゆき…さん…?!」
 
長い髪が闇に溶け、真っ白な肌は血に染まっていた。
ふらんそわーずは絶叫した。
 
「…!!」
目を開けたはずなのに、真っ暗だった。
思わず飛び起きる。
激しい鼓動。
 
誰かに…抱き留められていた。
…温かい。
 
寝床に半身を起こし、じょーの腕に抱かれていることに気づいたのは、しばらくたってからだった。
彼は無言のまま、ゆっくりと…優しく亜麻色の髪を撫で続けている。
 
ゆきさんは…?
聞こうとして、ふらんそわーずは口を噤んだ。
…目を閉じ、そっとじょーの胸に頬を押し当てる。
じょーの腕に、僅かに力がこもった。
 
――彼の胸に埋めた彼女の頬と
――彼女の髪に埋めた彼の頬と
どちらが先に濡れていたのか、二人ともわからなかった。
 
二人は、黙ったまま涙を流し続けた。
 
 
更新日時:
2001.12.04 Tue.
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Last updated: 2006/3/5