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009的国文

乳母車(三好達治)
詩について始めると、キリがなくなってしまうんだけど…
でも、これだけはっ!(?)
 
「乳母車」と言えば…そりゃもう米袋(笑)
 
教科書にも載ってる有名な詩ですが、一応全文を。
 
 
  乳母車     三好達治
 
母よ──
淡くかなしきもののふるなり
紫陽花いろのもののふるなり
はてしなき並樹のかげを
そうそうと風のふくなり
 
時はたそがれ
母よ 私の乳母車を押せ
泣きぬれる夕陽にむかつて
りんりんと私の乳母車を押せ
 
赤い総ある天鵞絨の帽子を
つめたき額にかむらせよ
旅いそぐ鳥の列にも
季節は空を渡るなり
 
淡くかなしきもののふる
紫陽花いろのもののふる道
母よ 私は知ってゐる
この道は遠く遠くはてしない道
 
 
う〜〜ん(悩)
たぶん出ないと思ったけど、やっぱり「りんりんと」の「りん」の字が出ない〜(涙)
車へんに「隣」の右側がつきます。Unicodeだと8F54。ついでに、「赤い総」のところは「ふさ」と読みます。「天鵞絨」は「びろうど」
 
 
「母よ──」の呼びかけから、最初に思ったのはやっぱり(笑)ジョーくんなんだけど…
なんか違和感があって…
 
なんだ、米袋じゃないかっ!これって!
 
…と気づいたのは、結構最近だったりする。
 
この詩は、もちろん実景ではなくて…
いろんな風に読める。
 
ジョーくん風に読むなら…
そりゃもお…思慕とか郷愁とか…憧れ。
なのかな〜?
 
「遠く遠くはてしない道」に立つ「私」が、ふと心の「母」に呼びかける。
限りなく優しく自分を勇気づけてくれる「母」への切ない思い…というか。
 
「母」は哀しみや苦しみに屈することなく、「りんりんと」夕陽に向かってまっすぐに乳母車を押す。
その強さと、「淡くかなしきもの」「紫陽花いろのもの」の包み込むような優しさ、なつかしさ。
 
そんな風に読んでみるといいのかも。
 
が。
 
「私」が米袋だと…ちょっと違ってくる…ような気がする。
 
米袋には、母親がいない。
ジョーくんとは別の意味で。
そんな気がする。
 
いない…ってことは、いないのだ。
いたけど、死んだ…のではない。いや、実際はそうなんですが。
 
いない、のだ。
001は成長しない。
時間が、止められている…というか。
 
成長のない、時間を失った赤ん坊は…
過去へさかのぼることもできない。そんな気がする。
 
001は、いわば忽然とこの世に現れた存在、という感じがしてならない。
もちろん、実際はそうではないわけだし…
彼が両親への思いにとらわれる、という場面は新ゼロでも、019でもたぶん出てくる。
 
…でも。
原作には、そういう場面がない。
それはもお、きっぱり…ない。
 
彼に、母親はいない。
003だって、母親ではない。
そう見える…ことは否めないけど、そう見ているのはたぶん周りのヒトたちだけで。
001自身は、彼女を母親だなどと思っていないし、そう思える女性が現れることもない…と思う。
だって。
 
001には母親がいないのだ。
 
そんな001が、心で呼びかける。
 
母よ──
 
と。
 
そんな風に、「乳母車」を読んでみる。
 
 
「淡くかなしきもの」のひらがなと、次の「紫陽花いろ」との連想で、何かこお…しっとりと優しい、柔らかい…そして、ひんやりしたもの…をイメージすることができる。
 
「ふる」のは、空から。
空…も、いろんな連想のできるモノで。
天、と言ってもいいし。
果てしない人知の遠く及ばない異界をイメージしてもよい。
 
そこから「ふる」もの。
「淡くかなしきもの」「紫陽花いろのもの」が具体的に何であるかを特定することは当然できないのだが…
でも、「ふる」ものはどんなものか…考えてみると。
 
雨とか。雪とか。日射しとか。
 
それは、遠く天からヒトに恵まれるもので…
さらに、あまねく地上に舞い降りるもの。
誰にでももたらされるし、誰もそれを拒むことができない。
 
それは、淡くかなしい。
はかなくて、優しくて…そして、ひんやりしていて、しっとりと「私」を包み込む。
 
イワンは、それがふるのをじっと感じている。
 
進んでいるのは…果てしない並樹のある道。
風が吹き渡る。
遠い、誰もいない道。
 
でも、そこには…並樹がある。
それは、歩くべく用意された道だったりするのだ。
どこかに、きっと行き着くところがある。
誰かが、この道を造った。
彼の乳母車を歩ませるために。
 
そのさだめに向かって、並樹は整然と並び…
風は吹き、乳母車は進む。
 
 
時は、たそがれ。
 
夜ではない。
でも…夜が来る。必ず来る。
 
イワンは言う。
 
母よ 私の乳母車を押せ
 
泣きぬれる夕陽。
もうすぐ夜が来る。
夕陽は泣いている。
この世に別れを告げるように。あかあかと美しく。
 
そして…たぶん母も泣いている。
静かに涙を流しながら…あるいは、涙をこらえ、彼女は乳母車を押す。
 
イワンはさらに言う。
しかし、その夕陽を正面から受け止め、目を反らさず、別れを心に刻みつつ…
 
りんりんと私の乳母車を押せ
 
と。
 
やがて夜が来る。
別れの夕陽に向かって、その光が消える地平に向かって
…闇に向かって、ひるまず、顔をしっかり挙げ、乳母車を押せ、と。
 
イワンは夕陽を見ているだろうか?
 
ここは意見が分かれると思う。
 
イワンは、「母」と一緒に、夕陽の方を見て乳母車にいるのか。
それとも、夕陽を背に、乳母車にいるのか。
 
どちらでもだいじょぶだと思う。
 
私の好みだと…後者のほう。
 
イワンは夕陽を見ていない。でも、自分の背中にそれが迫っていることは知っている。
彼は…りんりんと乳母車を押す「母」を見つめている。
見えないのだけど。
 
でも、逆に…イワンは「母」とともに、夕陽に向かい、同じ夕陽を見つめている。そういう解釈でもいい。
母と子の視線は交錯しない。
二人は、同じようにりんりんと夕陽を見つめ、夕陽に向かう。
 
 
風が冷たい。
風に吹かれて、冷たくなった額に赤いふさのついた天鵞絨の帽子をかぶらせよ、とイワンは言う。
 
この帽子は…母の子へ向ける愛そのものだ、と解釈してもいい。
それでいいと思うのだけど…
 
でも、イワンには母がいない。
イワンは、「赤い総ある天鵞絨の帽子」というものが、この世にあることを知っている。
母がそれをかぶらせてくれるのだと知っている。
 
それが…冷たい額を守るものだということも。
彼は、全部知っている。
 
しかし、彼には母がいない。
 
だから、イワンは命じる。
それを、私の冷たい額にかぶらせよ、と。
 
彼は知っている。
その帽子が、自分に必要であることを。
 
 
彼の目に映るのは、帽子をかぶらせてくれる母の手ではない。
彼は、季節が…時間が空を横切るのを見つめている。
 
彼の額を赤い天鵞絨の帽子が包む。
そのモノの手は見えない。
しかし、遠く時間を見つめる彼の額を、誰かが庇おうとし…
自分では歩けない彼を乳母車に乗せ、その乳母車を押す誰かがいる。
彼の運命に向かって。
 
それが…たぶんイワンの「母」だと思う。
 
イワンは、常に全てを「判断」することを求められている。
彼の判断が、サイボーグたちの運命を動かす。
では…彼の、彼自身の運命を動かすのは…やはり彼自身なのだろうか?
 
そうなのだ…と思う。
でも、それはあまりに重くないだろうか。
 
私たちは、運命にあらがいながらも、運命に身をゆだねる。
それは、時に絶望であり、時に救いとなる。
 
イワンはじっと時間が空をよぎるのを見つめ…
冷たい風を感じ、泣きぬれる夕陽を感じ、やがて来る夜を感じる。
 
誰か…この冷たい額に、優しい赤い帽子をかぶせてくれるモノがいる。
そのモノに向かって、イワンは言う。
 
私の乳母車を押せ
 
…と。
 
ひるまず、迷わず、りんりんと…
自分が向かうべき場所へ、乳母車を押してくれと、彼は願う。
 
 
イワンは知っている。
彼は全部わかっている。
 
その道は遠く遠くはてしない。
ひとりぼっちの道。
そして…いつか夜が来る。
 
たえがたい孤独。
過酷な逃れようのない運命。
 
でも…
そこに向かって、ひるまず乳母車を押してくれ、と彼は言うのだ。
 
優しい天鵞絨の帽子をかぶらせてくれるモノへ。
あなたの手で押してほしい。
 
それが、彼の「母」だ。
 
イワンの目に映っているのは、天空を渡っていく時間。
あたたかい手も、優しい声も、彼は知らない。
ひたすら空を見上げ、冷たい風を受け、時間を見つめる彼に、淡くかなしいものがふる。
 
奇跡のように。
恩寵のように。
 
イワンは、自分の乳母車を、そのモノが押していることを知る。
他の誰にも押してほしくはない。
そして、押してくれなければ、自分はいつかきっと進めなくなる。
進まねばならないのに。
 
…だから。
決して見ることのないそのモノへ、
イワンは目を閉じて語りかける。
 
母よ──
 
…と。
 
本文は「三好達治詩集」(白鳳社)より
更新日時:
2002.07.17 Wed.
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Last updated: 2013/6/10