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学級経営日記

Wednesday, 1 May,2002
賞品
明日は球技大会。
 
優勝したら、何かおごってあげる…ことになってしまったみたいで。
 
球技大会では各チームが学年の枠を外して競うことになっている。
中等部の場合、体格が違いすぎるから…
フツウ、1年生には優勝のチャンスなどない。
 
もう大人といっていいような3年生を見ただけで、すくんでしまう生徒も珍しくないし…
 
だから、学年を分けた方がいい…という意見は毎年出ているのだけど、叶わぬ相手に懸命に立ち向かっていく1年生の健気な姿…は、それはそれで上級生の感動をさそうらしい。
 
うちのクラスの男子は…
選手決めをした学活の日の昼休みから、グラウンドで「秘密特訓」を始めた。
 
「秘密特訓」と言い出したのはジェット。
何が秘密なのか…よくわからない。
 
第一、バスケの子もサッカーの子も、ドッジボールの子も…みんな一緒になって走り回っていたりするし。
 
歓声をあげながらボールを追いかけて転げ回る生徒達の姿は…
スポーツをしている、というよりは、小動物がじゃれあってるようにも見える。
 
…でも。
あんなに一生懸命になってるのを見てると…
ちょっと元気がでるかも。
 
優勝なんて無理だけど、何かご褒美をあげたいな…と思った。
 
うちのガスオーブンは、祖母の代からあるという時代物で、むやみに大きいのだけど…今度は役に立った。
 
半ばむきになって黙々とクッキーを焼き続ける私を、兄さんはあきれ顔で見ていたけど…
何も言わなかった。
 
…そうね。
 
何の変哲もない、プレーンな型抜きクッキー。
つまらないかも。
 
でも…先生が学校で生徒にあげるご褒美なんだから、健康によくないものはいけないと思うし…
そんなにお金はかけられないし。
 
やっぱりジュースの方がよかったかしら?
Thursday, 2 May,2002
球技大会
良い天気だった。
 
球技大会の進行や審判は生徒がすることになっている。
高等部はそれでちゃんと進むので、教員の出る幕はないのだけど。
中等部だと、そうもいかないみたい。
 
私は体育館のバスケットコートに配置されていた。
グレート先生が、日焼けの心配がないように、と配慮してくれたらしい。
 
ただ見ているだけで何もしていないのだけど、先生がいる…というだけで、無法なプレーをしたり、審判に逆らったり…という生徒が激減するのだそうだ。
 
予想していたとおり…1年生は、上級生に全く歯が立たなかった。
バスケットボールでは、うちのクラスも含めて、あっという間に全敗。
 
ずるいわよ!あんなに背が違うんだものっ!
 
怒る私に、上級生達は苦笑していた。
 
午前の部が終わりに近づいていた。
準決勝からは午後になる。
全てのチームが敗退したクラスは、お弁当を食べたら下校していいことになっている。
 
うちも下校だな…
 
と、ぼんやり思っていたら。
いきなり、突き飛ばされるように肩を叩かれた。
 
ハ…ハインリヒ先生…?
 
物凄い形相。
ハインリヒ先生はものも言わず、私の腕をつかんで、ひきずるようにして走り出した。
 
あ、あの…先生?
 
呆然と私たちを見ていた、バスケット担当の先生達は、ぶんぶんっ…と首を縦に振り、きびしい表情で「とにかく早く行け」と目配せした。
 
ま…さか…誰か、怪我でも…?
 
ハインリヒ先生…!何が、あったんですか?…ハインリヒ先生!!
 
一気に走り着いたのは…サッカーコート。
 
ハインリヒ先生が急に立ち止まったので、私は思いきり彼の背中にぶつかってしまった。
 
…ぅぬぉおおおお〜〜っっ!!!!
 
背中に押し当てた状態になっている額から、異様な振動が伝わった。
地の底からわきあがってくるようなうなり声…まさか。
 
ハインリヒ先生が…吼えてる〜〜???
 
よぉおおおしっ!!!そこだっ!!!!
いっけええええっ!!!!
 
おそるおそる彼の背中から、コートを覗いてみると…
 
アポロンのパスを受けたジェットが、今、まさにゴールを決めようとしているところで。
 
…ジェット!!
 
思わず叫んだ瞬間、ジェットは鋭くボールをけり出していた。
 
ボールは一直線にゴールへ向かい、飛びつこうとしたキーパーの両手をすりぬけ…
ゴールポストに凄まじい勢いで当たった。
 
…ホイッスル。
 
悲鳴と歓声。
 
わけがわからず立ちすくむ私の前で、ハインリヒ先生ががっくり座り込み、拳で地面を叩いた。
 
コートでは…
何か叫びながら、ジェットとアポロンが仰向けに寝ころんでいる。
 
…負けたらしい。
 
これに勝てば準決勝だったんだ…!あいつらなら、優勝もありうるかと思っていたのに…
 
悔しそうにハインリヒ先生は言った。
 
やがて。
 
ジョーや他の生徒たちに支えられるようにして、選手達が帰ってきた。
 
先生〜!負けちゃったよ〜〜!
 
う…うん。
そうみたい…ね。
 
ジェットがかみつくような勢いで尋ねてくる。
 
先生っ!俺のシュート、見たか???
 
見たわ…惜しかったのね…
 
そうじゃなくて!!俺様が決めた超ミラクルシュート、見てくれたかよ???
 
…え、ええと。
 
ごめん…私、今来たところなのよ…
 
ジェットは目を見開いた。
 
だぁああ〜〜っ!
マジかよ〜〜?なんで負けたところだけ見るわけ???
 
ご、ごめんなさい。
 
 
興奮さめやらぬ生徒達が校舎に引き上げるのを見送りながら、ジョーに声をかけた。
 
ジョー…みんながご飯食べて、着替え終って…学活ができるようになったら、職員室に呼びにきてね。
 
ジョーはきょとん、とした。
 
午後の…試合は?
 
午後…?
 
みんな、帰っちゃうんですか…?
 
心細げに、訴えるように見つめられ、私は何度も瞬きした。
 
で…でも、もう試合は…
 
言いかけて、ハッと気づいた。
 
ドッジボール…勝ってるの?
 
ジョーはうなずいた。
 
一時から、準決勝だって…言われました。
 
えええええええええ〜〜っ????
 
 
※※※※※※※※※※※※※※
 
午後の仕事は免除された。
応援のために。
 
1年生が準決勝進出というのは…特に男子では異例のことのようで。
…でも。
 
この大事なときに、仕事なんかしている場合かっ!!!!
 
と力説するハインリヒ先生を誰も止められなかっただけ…なのかもしれない。
 
4組は、全敗して…学活ももう終っているのだけど…生徒達はみんな3組の応援のために残っていた。
たぶん、担任の勢いにつられたんだと思う。
 
試合が始まった。
 
…と、みるみるうちに、うちの子たちは次々とボールをぶつけられ、外野に出されていった。
 
内野に残ったのは…二人。
 
あららら…
 
とつぶやいた私に気づき、ハインリヒ先生はにやっと笑った。
 
まぁ、見てろよ、アルヌール先生…
ここからが面白いんだからな。
 
…たしかに。
 
内野に残ったのは、ジョーと…クラスで一番小柄な生徒だけ。なのに。
 
当たらない。
どーしても当たらない。
 
二人はくるくるコートをかけずり回り、ボールをかいくぐって…
やがて。
 
ふらっと高く上がったボールにジョーが飛びついて奪い取った。
 
それから…何が起こったのやら。
 
とにかく、ボールは、外野にわんさといるウチの子たちの手から手へ細かくパスされ続けた。
 
ボールの動きにつれて、逃げまどう相手の内野陣。
ふっとバランスを崩した子を逃すことなく、ハッとするほど鋭いボールが襲う。
 
一人…二人…三人。
 
とどめのボールを投げつけるのと、相手からボールを奪うのは、ほとんどジョーだった。
 
…あっという間に、最後の一人がジョーの標的になり…
 
勝った。
 
物凄い歓声。
私は、ハインリヒ先生に、歯の根が合わなくなるくらい、めちゃめちゃに揺すぶられていた…らしい。
 
…それからのことは、よく覚えていない。
 
決勝戦の相手は…ふた回りは大きく見える3年生だった。
パワーもスタミナも違いすぎる。
 
ついに内野に一人きりになったジョー。
…でも。
相手だって、あと二人。
 
大歓声がコートを包んでいたはずだったけど…何も聞こえていなかったような気がする。
私はただ、ジョーの髪の先からしたたり落ちる汗の音と、烈しい息づかいだけを聞いていた。
 
外野からの攻撃を避けたジョーの足が、僅かにもつれた。
バランスを失いかけたジョーに、敵の内野が至近距離から、力一杯ボールを投げつける。
 
息が止まりそうになった。
 
ジョーは体勢を直しながらボールを受け止め、すぐさま、相手が防御の構えをとる余裕も与えず、鋭く刺し返す…!
 
…はずだった。
 
けれど。
ジョーにボールを投げつけた上級生は、勢い余って、肩から地面にたたきつけられるように転がった。
 
私は、悲鳴を上げていた…のかもしれない。
 
だめっ!ジョー!!!
 
ジョーは…相手が倒れるのを見た。
茶色の眼に、わずかに、躊躇する色が浮かんだ…次の瞬間。
 
ボールは、ジョーの指を弾いて、コートの外に飛んだ。
 
…ホイッスル。
 
 
 
職員室でぼんやりしている私を、アポロンが呼びに来た。
ジョーは、保健室にいる…のだという。
突き指して。
 
とにかく、学活をはじめて…
生徒達をねぎらい、クッキーを配った。
 
…大歓声。
 
なんだか、申し訳ないくらい。
 
生徒を下校させ、私は保健室に向かった。
ジョーにとっておいたクッキーを3枚、わら半紙に包んで。
 
あ。先生…!
 
包帯をぐるぐる巻いた指を嬉しそうに振りながら、ジョーが笑った。
 
痛くない…?大丈夫なの?
 
さあ…どうかしらね?
 
養護の先生は苦笑した。
 
少し腫れてるみたいだから…一応お医者さんに行っておいた方がいいと思うわ
 
目を丸くする私に、ジョーは首を振った。
 
大丈夫だよ、先生…!
 
たしかに、我慢強いわね、偉い偉い…でも、これは命令です。必ず行くのよ。
…アルヌール先生、冷たいお茶でもどう?
 
養護の先生は、麦茶を二人分入れてくれた。
 
飲み干し、ふうっと息をつく。
…声が…でにくい。
 
首をかしげている私に、ジョーは笑った。
 
だって、アルヌール先生、すっごい声で応援してるんだもん。こわかったなぁ…!
 
そ…そんなことないわ…ちょっと…ハインリヒ先生につられて…
 
ハインリヒ先生の声なんて消されてたよ!
 
まさか…!
と言いかけて、クッキーのことを思い出した。
 
これ…少しだけど、今日のご褒美よ。
 
包みをかさこそ開き、ジョーは驚いた顔になった。
 
先生が…作ったの?
 
うん…ちょうどいいわ、今食べれば…
 
ジョーは麦茶を一気に飲み干して、包みをポケットに押し込み…立ち上がった。
 
後で、食べる…ありがとう、先生…失礼しました!
 
…ジョー!お医者さん、行くのよっ!!!
 
養護の先生と同時に叫んでいた。
Thursday, 9 May,2002
生活記録
連休が明けたとたん、中間テストが見えてきた。
生徒達には初めての経験だから、みんなそれぞれ緊張しているみたい。
 
中等部では、毎日「生活記録」を書かせて、提出させている。
 
何時に起きて何時に登校して、下校してから何をして…勉強はいつ、何をどれくらいして…何をして遊んで…
 
というような記録と、最後に短い感想を書くようになっている。
書く生徒もタイヘンだけど、読む方も結構タイヘン。
 
このごろ気がかりなのは…やっぱり勉強時間…特に男子。
 
少なすぎるっ!!!!
 
まともにきちんと勉強しているのは…アポロンくらいかな。
 
中でも、困るのが…ジェット。
睡眠時間がやたらに多い。
9時に寝て…6時に起きているらしい。
これじゃ、たしかに勉強できないかも。
 
それとは別に、困っているのが…ジョー。
 
彼はずーっと、何も書かないまま提出し続けている。
正確に言うと、書かない…わけじゃないのだけど…でも。
 
毎日、生活時間の記録のところには、「起床」「登校」「帰宅」「就寝」しか書いてないし。
 
感想のところには、「良い天気だった」「くもりだった」「雨だった」しか書いたことがない。
一度だけ、球技大会の日は…さすがに少し違ったけど…と言っても。
 
良い天気だった。おやつをもらった。
 
…だけ。
 
でもっ!
こっちは、そのフザけた生活記録に、毎日「先生からの一言」を書き込まなくちゃいけないのよ〜〜っ!!!!
毎日の天気なんて、アナタに教えてもらわなくても、わかってるわよっ!!!
 
…どうしようもない。
昨日の分には「雨だった」と書いてあったので、
 
今日もまだ玄関が滑りやすかったですね。また怪我をしないように、気を付けてください。
 
…と書く。
 
お天気のほかのことも書いてほしいな。
 
と4月いっぱい書き続けたのだけど…
何も変わらないので、それを書くのはもうやめた。
 
こうなったら…
あの子が何か書くのが先か、私が力尽きるのが先かっ!!!!
 
…私が先なんだろうなぁ〜
Monday, 13 May,2002
エッカーマン先生
うちのクラスの数学は、エッカーマン先生が担当している。
 
エッカーマン先生は、高等部では抜群の指導力のある先生として有名で…教員からも生徒からも信望が厚い。
 
その力はもっぱら高等部の理系の生徒たちに向けられていたのだけど…
今年、彼は初めて中等部の1年を教えるのだという。
 
印刷室で、試験問題を作っているエッカーマン先生と行き会った。
 
正の数、負の数の四則計算…
文字式…
 
エッカーマン先生にはおよそ不似合いな感じの簡単な問題が並ぶテストを見て、思わず笑ってしまった。
 
エッカーマン先生…中1、どうですか?とまどっていらっしゃるんじゃないかしら?
 
先生も笑った。
 
たしかに…僕が今までやってきたことは何だったんだろう…って思います。
初歩的なことをわかりやすくきちんと教えるのって…ムズカシイですよ。
僕には、受験指導の方が向いてるみたいですね。
 
そう…よね。
適材適所…って考えると、もったいないわ。
どうして、今年はこんな人事になったのかしら?
 
ちょっと考え込んだ私を心配そうにのぞいて、エッカーマン先生は明るく言った。
 
でも、毎日楽しいですよ、先生のクラスの生徒、みんな可愛くて元気だし…
 
そう言われると嬉しい。
 
先生だって、大変でしょう?
専門外のことも教えなくちゃいけないんじゃないですか?中等部では。
 
そう…なの。
私の専門は物理なんだけど…
中等部で「理科」を教えるとなると…
 
もちろん、分野は分かれているから、普通なら、そう離れたことをやらなくてもすむように教員が配置されるんだけど、私の場合はどうしようもない。
 
だって、うちのカリキュラムでは、中1の「理科」は1年間、いわゆる「生物」「地学」を重点的に教えることになっているから。
 
担任が自クラスの授業を持たないわけにはいかない。しかたなく、畑違いの勉強を必死で毎日してるわけで…
 
ほんとに、今年の人事はよくわからないなあ…
 
アルヌール先生は、中等部へ希望を出されたんですか?
 
いいえ…特には。
でも、経験してみたいな、とは思ってました。
 
そうだったんですか。
僕は…土壇場で無理を言って、中1を持たせてもらったんですよ。せめて、授業だけでも…ってね。
 
エッカーマン先生はにっこり笑うと、終りましたよ、どうぞ…と、印刷機を譲った。
 
無理を言って中1を…かぁ。
 
よくわからないけど…だから、あんなにしょっちゅう、中等部の職員室に来て打ち合わせしてるのね……
 
熱心な先生に教えてもらえて、うちの子たち、運がいいわ。
どんなことでも最初が肝心だっていうもの。
Wednesday, 15 May,2002
生徒会長
生徒総会が近いので、このごろよく生徒会本部役員を見かける。
 
昼休み、図書館にいた私を、生徒会長が捜しにきた。
放課後、見せてもらいたい書類があるから出しておいてください…と、長いリストをもって。
 
さすが…ソツがない。
私は感心しながら、思慮深げな彼女の黒い瞳にみとれていた。
 
とにかく…空前絶後の実力派生徒会長…の呼び名も高い生徒で。
 
去年、まだ高1だったのにも関わらず、彼女は生徒と職員の圧倒的信望を背に生徒会長の任についた。
 
生徒会の運営はもちろん、いろいろな式典での挨拶だって…
来賓としてやってくる、その辺の地元国会議員なんて、足下にも及ばない堂々たるスピーチをやってのける。
 
…それじゃ、よろしくお願いします。お忙しいところ、申し訳ありませんが。
 
丁寧に彼女が頭をさげたとき。
 
興奮しきったはしゃぎ声と、全力疾走の足音が…一気に近づいた。
いやな予感。
 
…当り。
 
アポロンとジェットとジョーが、頓狂な声をあげながら、もつれあうように、私たちの脇を走り抜けた。
 
何やってるのっ!!!
ここは図書館よっ!!!走ったらだめっ!!!
 
…怒鳴っても無駄。
夢中でじゃれ合ってる小犬と同じだもの。
お弁当を食べたばかり…おなかいっぱいでハイになってるこの子達を止めるなんて…
 
中間試験が近い。
昼休み、教室の喧噪を逃れて勉強しにきている高校生達が、うんざりした顔をし始めた…そのとき。
 
アポロン…!
 
低い…穏やかな声。
 
…え?
 
私は思わず生徒会長を覗いた。
…どうしてこの子の名前を知ってるの?
 
その瞬間。
 
アポロンの足がぴたっと止まった。
はずみで思い切り彼の背中に鼻をぶつけたジェットがわめき、ジョーが苦しそうに笑い声をあげる。
 
やかましいっ!!!!!
 
突然、アポロンが二人に向かって吼えた。
 
きょとん?と顔を見合わせるジョーとジェットに見向きもせず、アポロンは緊張した面持ちで私たちに足早に近づいた。
 
…あ、姉上…!
勉強に…こられたのですか?
 
ちょっと待って。
今…なんて…?
 
あっけにとられている私にかまわず、生徒会長はあくまで穏やかに…そしてどこか冷ややかに言った。
 
…勉強以外の何のためにくるというのだ?
ここは、図書館だ。
 
…は…はい。
 
おまえは…何をしにきた?
 
アポロンはさっと顔色を変え、背筋を伸ばした。
 
べ、勉強です…!姉上!
 
そうだろうな…
図書館が鬼ごっこをする場所だなどという話は聞いたことがない。
おまえは…あるか?
 
…い、いいえ…いいえ!
 
生徒会長はうなずくと、おもむろにジョーたちを振り返った。
 
おまえたち…アポロンの友達か?
 
返事もできず、固まっている二人に、彼女は…今度はえもいわれぬ優しい微笑を向けた。
 
弟を…よろしく。
みんな、仲良く勉強するように。
 
生徒会長は、改めて私に一礼し、図書館を出て行った。
 
ふーっと肩の力を抜き、アポロンは手近の本棚から本を抜き取り、へたりこむように椅子に座った。
 
…アルヌール先生…あの人…だれ?
 
遠ざかる後ろ姿をこっそり指さし、ジョーがひそひそ声で聞いた。
 
 
高等部2年E組。
生徒会長、アルテミス。
Saturday, 18 May,2002
中間テストの心得
今日から中間テスト。
生徒達は緊張しまくっている。
 
…私も緊張しまくっていた。
 
とにかく…
何も知らない、そして、そうでなくてもヒトの話をちゃんと聞かない生徒達が、初めての体験に舞い上がってるんだから…
こっちがひとつひとつ手順をそろえていかなければならない。
 
昨日のうちに、席を出席番号順に変えるように伝えて、座席表を黒板に貼った。
 
机の中は空にしておく。
筆記用具の貸し借りはできないから、絶対に忘れ物をしない。
 
チャイムと同時に始めるんだから、試験開始5分前には席についていなければならない。
 
…トイレに行きたくなったらどうするか。
 
ちゃんと教えとかなくちゃな、と昨日ハインリヒ先生が真顔で言い出したとき…私は仰天した。
 
まさか。
そんな、幼児じゃあるまいし…
 
しかし、ハインリヒ先生は首を振った。
以前、試験中トイレに行ってはいけないと黙って思いこんでいた生徒がいて…エライことになったのだ、と。
 
信じられない。
 
あと…よくあるのは鼻血だ。
吐くヤツもいるし…
 
くらくらしながら、ハインリヒ先生のチェック項目をメモしていった。
 
答案は、一番後ろの席の生徒に集めさせる。
表に向けて、出席番号の若いのが上になるようにそろえるように指示する。
 
…細かい。
 
高等部では、そんなことをいちいち指示するなんて、考えたこともなかった…
 
でも。
ハインリヒ先生は正しかった。
 
 
最初のテスト終了のチャイム。
同時に私は言った。
 
そこまで。鉛筆を置きなさい。
 
律儀に素早くかちゃかちゃっ、と音がする。
きっちり姿勢を正している生徒達を見渡すと。
 
…ジョーが。
答案に消しゴムをかけていた。
一心不乱に。
 
ジョー…?
 
彼の手は…止まらない。
そっと近づくと、彼は驚いたように私を見上げた。
 
何してるの、ジョー?もう、テストは終わりよ?
 
…え?
 
だから、もう鉛筆を…
 
言いかけて、私は口を噤み、まじまじとジョーを見つめた。
ジョーも大きく目を見開いて私を見つめかえす。
 
…彼が持っているのは、消しゴム。
 
座り込みたくなるのをぐっとこらえた。
 
あのね、ジョー…鉛筆も消しゴムも同じなの…時間だから、もう置きなさい。
 
第一、書くならともかく…何を消したって、どのみち得点にはならないじゃない〜〜!!!
 
少し動転したのかもしれない。
私は深呼吸して素早く言った。
 
それじゃ、一番後ろのヒト…答案を集めてください。若い番号が上になるようにそろえてね…!
 
ほどなく集まった答案を確認しようとして…私は首をかしげた。
順番…若い番号が上になってたり、なってなかったりするじゃない…!もお〜!
 
…文句を言いかけて、気づいた。
 
あ。「表にして」って言うのを…忘れてた。
 
順番をそろえ直して…名前がちゃんと書いてあるか、チェック。
…あれ?
 
ジョー…!
鉛筆もって前に来なさい!
 
ジョーの名前が書いてない。
 
だから、最初に書いておくのよ、名前は…今度から気を付けなさい。
 
教卓に呼び、名前を書き込ませながら注意すると…彼はちょっと不服そうに顔を上げた。
 
書いたんだけど…消しちゃったから。
 
消した…?
 
汚くなってたから。
 
それじゃ…消して、書くの忘れちゃったんだ?
 
ううん。
消してたら、チャイムがなって、それから先生が消しゴムも置けって。
 
……ええと。
 
混乱。
つまり…私はどう指示すればよかった…んだろう?
 
…ダメだわ。
今は考えられない。
 
 
ジョーは几帳面にゆっくり名前を書き終わり、ため息をついた。
 
まだ一つ終っただけかあ……
 
それは、こっちのセリフよっ!!!!
Monday, 20 May,2002
よそみ
どうしてカンニングをしてはいけないか。
 
中間テストの二日目、私は生徒たちに説明した。
 
それはね…やろうと思えばできちゃうからなの。ほんとよ。
それなのに、学校でこうやってテストをしているのは、私たちが、みんなはそんなコト絶対しない…って信じているから。
みんなを信じられなくなったらテストもなにもできないし…学校がめちゃめちゃになっちゃう。
だから…絶対にしてはいけないの。
 
神妙な顔で生徒はうなずいていたけど…
難しかったかなあ…?
 
こんな話をしたのは…
土曜日のテストで、何人かの先生に…言われたから。
 
ジェットが…隣の子の答案を見ているようだ。と。
 
隣の子は…ジョー。
 
念のため、二人の答案をつきあわせてみた。
決め手になるのは…誤答。
同じトコロを間違ってたりしないか…ってことをチェックする。
 
二人とも、結構いっぱい間違っていた。
全然違うトコロを。
 
…別の意味で脱力している私に、グレート先生は笑いながら…でも、ちょっと真顔で言った。
 
まぁ、大丈夫だろうよ…ただ、よそみがクセなら直しといた方がいいなあ…アルヌール先生、見たらさりげなく注意しておいた方がいいね。
 
さりげなく…じゃ、わかってくれなさそうなのよね〜
 
監督しながら、なにげなくジェットに目をやる。
 
…あ。
 
よそみしてる。
たしかに…ジョーの方を、じーーっと。
 
監督の役目は、摘発じゃなくて防止。
私はさりげなく机間巡視の足をジェットとジョーの間に向けた。
 
二人の前で、さりげなく足を止める。
 
じーーっと見ているジェットの視線の先で、
ジョーは……寝ていた。
 
…ちょっとっ?!
 
声をかけようと手を伸ばしたとき。
ジョーの目がぱちっと開いた。
瞬きしながら隣のジェットの方を見て…二人の目が合う。
 
…にっこり。
 
反射的に、私は見つめ合ってる二人のアタマを両手で思いっきりはたいた。
 
な、なにするんだよっ!先生〜〜っ???
 
やかましいっ!!!問題見なさいっ!!!!
Thursday, 23 May,2002
遠足のお昼ごはん
中間テストが終れば、次は遠足で。
学年会で、最終確認をした。
 
 
学校に集合。
それから駅まで歩いて電車に乗って、博物館へ。
 
また電車に乗って、水族館へ。
そこでお昼。
 
それからまた電車に乗って、大きな広場のある公園へ。
クラスでレクリエーションをする。
 
また電車に乗って、駅から歩いて学校へ戻る。
 
 
今日の議題は、まず解散場所。
 
学校で解散すると…遠足で使うのと同じ電車で通学している生徒たちは、帰り、学校と駅の間を往復する手間になってしまう。
 
…が、これはしかたない、ということであっさり決着。
 
次が、雨だったらどうする?
 
これは、博物館と水族館の時間を長めにとるしかない…ということで決着…せざるを得ない。
 
雨の強さによっては、駅解散でもいいかな?という意見も出た。
 
そして…お昼をどうするか。
 
一応、水族館のレストランは押えてある。
持ち込みも可能なトコロなので、お弁当持ち込みにするか、食事を出してもらうか…
最終決定を出さなければならない。
 
遠足といえば、外でお弁当…と思っていたけど、雨のときのことを考えると、たしかに…屋内で…ということになってしまうと思う。
まして、バスもないし…
 
ハインリヒ先生は、食事を出してもらう、という意見だった。はじめから。
 
遠足となれば、たいていの母親は凝った弁当をもたせるだろう。
だが、それが期待できない生徒だっている。
 
家庭の事情はイロイロだし、豪華なお弁当がないからって…それを引け目に思う必要なんて、全然無い。
 
でも。
そう思い切れない生徒だっているかもしれないし。
悪いことに、そういう生徒を傷つけて楽しむような子だって、いないとは限らない。
 
そんな子がいないように教えるのが…
私たちのつとめではあるのだけど。
 
ウチは給食もないし…
みんなで同じモノを食べるのは、嬉しいんじゃないかしら?
きっと、あの子たち、大喜びするわ。
 
私は考え考え言った。
ハインリヒ先生がふと私を見て…奇妙な笑みを浮かべた。
 
ああ、そうだな………見えるようだ。
 
…あの。
ちょっと待って。
 
何が見えたんですか、ハインリヒ先生〜〜???
Friday, 24 May,2002
ゴムまり
遠足のときのレクリエーションで何をするか?
 
が、今日の学活のテーマ。
 
広場の芝生の上で、みんなでできる遊び。
出てきたのは…
 
鬼ごっこと、なぜかドッジボール。
 
よっぽど気に入ったらしい。ドッジボール。
でも…
 
それは、危ないからダメね…公園には小さい子もきっといるでしょう?それに、線を引くこともできないし…
 
私が口をはさむと、ヘレンが手を挙げた。
 
痛くないボールを使えばいいと思います。
 
痛くないボール…?
 
あの、ゴムまりとか…
 
なるほど〜
と思っていたら、すかさずジェットが声を挙げた。
 
そんなの、つまんね〜よ〜〜!!!
 
…ジェット、手を挙げてから言ってよ。
 
ジョーが珍しく突っ込む。
 
何か本を広げていたシンシアが、手を挙げた。
 
あの、これに載ってるんですけど…
 
シンシアは、ゴムまりを2つ同時に使って円の外側から内側へボールを投げつけてぶつける…という遊びを紹介した。
 
いいかも。
人数もはけるし、そこそこスリルがありそう。
 
難なく賛成が集まり…決定。
やっぱり女の子の方が格段にしっかりしているわ〜
 
昨日の放課後、ジョーとジェットとアポロンが打ち合わせしたときは…どーしよーもない案しか出てこなくて、結局原案作りを諦めてしまった。
ほんとはシンシアとヘレンにも参加してほしかったんだけど…二人とも塾で帰らなければならなかったから。
 
今日は、帰りに学級費でゴムまりを買っていかなくちゃ…などと考えつつ、教室を出ようとしたとき…
背中に、ジェットの怒鳴り声。
 
あ〜あ、やってられっかよ〜!!ゴムまりなんてっ!オトコの遊ぶモンじゃないぜっ!!!
 
…お姫様の絵のついたピンクのを買うことに決めた。
Sunday, 26 May,2002
プライベート・タイム
エッカーマン先生と、美術館に行った。
 
高等部の方に招待券がきていて…
エッカーマン先生は、前、私がその画家を好きだと言ったことを覚えてくれていた。
 
待ち合わせの場所に行ってみたら、エッカーマン先生は一人だった。
張々湖大人やピュンマ先生も行くかもしれない…って聞いていたんだけど。
 
同僚の男の先生と二人で歩くのは…気を遣う。どこに生徒がいるかわからないし。見つかると、たちまち全校に噂が広がって、しかも尾ひれがつきまくって…
 
ただの噂なんだから、気にしなければいいのだけど…それはそれで…
 
きょろきょろしている私に、エッカーマン先生は笑った。
 
気にしてたら、余計ヘンですよ。
それに、見てるのは生徒だけじゃないでしょう…父兄とか、卒業生とか。
 
私が目を丸くすると、エッカーマン先生はまた笑った。
 
そ、そう…ですね。
なんだか、気になってしまって…やっぱり、中1は子供だから…
 
そうかもしれませんね。
じゃ…人目につかないトコロに行きましょうか?
 
もう…!からかわないでください、エッカーマン先生…!
 
先生…はやめてくださいよ、それこそ。こんなトコロで。
 
…あ。
 
思わず口を押えた私に、エッカーマン先生はにこやかに言った。
 
カール…と呼んでください。
 
そんな、無茶だわ。
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Last updated: 2007/10/21