晴れていてよかった。
真夏日かと思うくらい暑かったけど…
生徒達はさすがに元気だった。
でも…すごくよく水を飲みたがる。
持ってきた水筒は午前中のうちに、すっかり空になってしまったみたい。
お昼のレストランで、私は何度も何度も厨房とテーブルを行ったり来たりして、氷水のピッチャーを運んだ。
とてもじゃないけど、お店の人だけでは人数が足りないし、かといって生徒達に取りに行かせると…いろんなものを落としたり壊したりしそうで。
みんな、楽しそうに食べている。
アポロンが、完璧なテーブルマナーを披露して、ジェットに何か言っている。
ジェットが大声を出して…それをジョーが笑いながらとどめて…
そのうち、女の子達が、がやがやし始めた。
多すぎる食べ物を男の子の皿に分けてあげて…というか押し付けようとしている。
ジェットとアポロンとジョーが集中的に狙われている…ようだった。
午後は、広い芝生の広場。
ゴムまりでクラスレク。
ピンクのまりを見て、絶叫したくせに、ジェットは、いつの間にか先頭きってはしゃぎまくっている。
先生も入りなよ!
ジョーが笑いながら呼んだ。
そうだそうだ、と歓声があがる。
しかたなく輪の中に入った…途端。
きゃああああああっ!!!!
叫びっぱなしだった。
だって…集中砲火。
大喝采。
こうなるって…わかっていたけど…
仕事柄、動くのは苦手じゃないけど。
この子達全員を相手にじゃ…長続きしない。
逃げまどっているうちに、足がふっともつれて…思いっきり転んでしまった。
瞬間、ゴムまりが二つ、ほとんど同時に、したたかに私の背中と頭にぶつけられた。
女子の悲鳴。
ひっっどいっ!!!アンタたち、サイテーっ!!!
アルヌール先生…大丈夫ですか?
シンシアとヘレンが両脇から手を貸してくれた。
だ、大丈夫…ああ、やっぱりダメね…もうオバさんだから…
まりを投げつけたのは…ジェットとアポロンだった。二人とも突っ立ったまま、目を丸くしてこっちを見ている。
笑いながら、大丈夫よぉ、と手を振ったら、二人は
おめーが悪いんだろっ!
と、はしゃぎながら、どつきあいを始めた。
そろそろ、いいかな…
私は、戦線を離れてベンチに戻ると…リュックを開けて、もってきた包みをシンシアとヘレンに渡した。
はい…約束の…お菓子。
マドレーヌ、作ってきたわ。
二人は歓声を上げた。
女子だけに…ですよね、先生?
一応、そういう「女同士の約束」をしていた。
なんというか…なりゆきで。
そう…でも、数はたくさんあるから、男子に分けてあげてもいいのよ。
シンシアは口を尖らせた。
あ~んな乱暴な人たちになんかあげなくたっていいわよっ!
ヘレンは優しく笑っていた。
お菓子の箱をもって駆け出した二人を見送ってから、私はそうっとスカートの裾を持ち上げた。
やっぱり、ひざをすりむいている。
また兄さんに、コドモみたいに暴れてきたな…って言われちゃうわ。
救急箱を引き寄せて、簡単に消毒していると…ジョーが走ってきた。
アルヌール先生…!怪我したの?
うん…これだけよ、ほら…大丈夫。
もうボール遊びはやめたの?
鬼ごっこしてるんだ…先生は…無理?
そうねえ…
ジョーのポケットから何かがはみ出している。
セロファンに包んだお菓子。
私の視線に気づき、ジョーはにこにこした。
ヘレンにもらったんだけど…先生が作ったんだよね?
…あら。
男の子みんなに配ったんじゃないの?
女子だけだって…女同士の約束だって言ってたよ。
だったらどうしてあなたが…って、そう…か。ふふ、ヘレンったら…!
くすくす笑う私に、ジョーはちょっと眉を寄せ、また駆け出していった。
遊び疲れた…というのが一番ぴったりくるコトバだと思う。
そんな状態で、私たちはホームで学校へ帰る電車を待っていた。
風が強くなってきている。
突然、悲鳴が上がった。
何…?!
先生!島村君がっ!!
ヘレンが叫ぶ。
慌てて駆け寄ると…
線路から、ジョーがホームによじ登ろうとしているところだった。
片手に、ハンカチを持っている。
電車は?!
あと3分…駅員に知らせろっ!!
グレート先生とハインリヒ先生の声が聞こえる。
…でも。
足が動かなかった。
ジョーはすばしっこくホームに戻った。
歓声と拍手が上がる。
途端に、グレート先生の怒号が飛んだ。
走っていきかけたハインリヒ先生が立ち止まり…駆け戻ってくると、ジョーを捕まえ、無言で頬を張り飛ばした。
私は…動けなかった。
電車が、ホームに滑り込んでくる。
車内は…しん、としていた。
ぼんやり手すりによりかかっている私のところへ、ハインリヒ先生が近づいてきた。
頬を腫らしたジョーを私の前に突き出す。
ほら…島村!
ジョーはうつむいている。
何か言わなくちゃいけない。
まず叱らなくちゃ。
ううん、それより前に、この子の言い分も聞いてあげなくちゃいけない。
そうよ…電車がくるかもしれない線路にとびおりるなんて…そんなことしちゃいけないってわかっているはずなんだから…だから…
考えがまとまらない。
電車の振動が足から伝わってくる。
重い…車輪のきしみ。
窓からの夕陽を受けて、ジョーの髪が淡い金茶色に光っている。
そっと手を伸ばすと…ジョーはびくっと首をすくめた。
柔らかい…髪。
あ…!
ハッと気づいたときは…遅かった。
視界がぼやっと霞んで…涙がこぼれた。
アルヌール先生…?
ジョーの慌てた声。
ハインリヒ先生がくるっと向こうをむいて…4組の生徒の方に行くのが見える。
でも。
止まらない。
先生…先生、泣かないでよ…ごめん…ごめんなさい…アルヌール先生…!
ジョーも半分泣き声になってる。
ダメよ…ダメじゃない、これじゃ…
教育にも何にもなってないわ。
学校に戻り、生徒を解散させてから…ジョーに事情を聞いた。
風で飛んだシンシアのハンカチを取りに行った…のだという。
電車はまだ来ないとわかっていたから。
そういう問題じゃないんだぞ、ジョー。
ジョーは顔をごしごし手でこすりながら、グレート先生にうなずいた。
後は担任から注意を…と言われ、私とジョーだけが指導室に残った。
もう…しないわよね、ジョー。
うなずく。
線路だけじゃないわ…道路もダメなのよ。
うなずく。
ハンカチより…ううん、どんなものより、あなたが一番大事なの。だから…
うなずく。
…もう何も言うことがない。
ジョーがふと顔を上げた。
でも…大丈夫なんだよ、先生。
…え?
僕は、大丈夫だから。
心配しないで。
あの…だから、ジョー…?
…全身から力が抜けていくような感じ。
私は、かろうじて微笑んだ。
もう…いいわよね。無事だったんだもの。
帰って、ご飯食べて、ゆっくり休みましょう。
うん…先生も、怪我治さないとね。
跡になっちゃうよ。
…………。
すたすた校門を出て行くジョーを見送り、大きなため息をついた。
まあ、いいわ…また、明日ね…!
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