昼下がりの道を、ジョーとてくてく歩く。
…暑い。
ジョー、重いでしょう?ひとつ持たせて。
これで4回目。
ジョーはもう返事もしない。
こんなに赤い顔して、汗かいて。
熱中症になったりしなければいいんだけど…
やっぱりやめとけばよかった。
ことの起こりは、昨日の面接で。
いつかちゃんと言わなくちゃと思っていたことをジョーに言った。
お弁当のこと。
ジョーは叔父さんと二人暮らし。
叔父さんが家にいるときは。
だけど…
彼の叔父さんはいつも海外を飛び回っていて…めったに家には戻らないらしい。
ジョーの面倒は、お手伝いさんがみているということで。
それで、問題はお弁当。
お手伝いさんは住み込みではないので…
朝は来てくれないのだそうで。
朝食は前の晩に用意してくれても、お弁当までは手が回らないのだという。
第一、前の晩に作ったお弁当なんて、食中毒の心配もある。
もちろんお手伝いさんに朝も来てもらうようにすればいいはずなんだけど…
ジョーがイヤがるとかで。
お手伝いさんが早起きして来なくちゃいけないのは可哀想だから、とかなんとか。
そんなわけのわからない理由に納得してしまう叔父さんも叔父さんだわ。
おまけに、だったら登校途中のコンビニかどこかでお弁当買ってくればいいのに…
うちの校則には、「寄り道禁止」というのがある。
ジョーは律儀にそれを守っている。
そんなもの守るな、と…私からは言えない。
結局、彼はいつも購買で菓子パンやサンドイッチを買ったり、友達からお弁当を分けてもらったり…している。
これでいいはずないわっ!!!
面接は2時間に渡った。
お手伝いさんにお弁当をお願いしなさいと言う私と。
それには及ばないと言うジョーと。
互いに一歩も譲らず。
だから…
自分で作ればいいじゃない、お弁当。
という考えが浮かんだとき…思わず脱力してしまった。
そうよ…そうよ、そうすればいいんだわ…!!!
そこで。
電子レンジだけで作れるお弁当作りを彼に伝授すべく、私は彼を学校の近くのスーパーに連れて行くことにした。
ちょうど、今日は放課後に、教室の窓ガラスクリーナーや、ほうきや、床磨きのタワシや…そんなものをごちゃごちゃ買いにいく予定だったから。
ついでに荷物持ちさせちゃえばいいわ、と思って…ジョーに声をかけた。
ジェットやアポロンや…他に何人か連れてきなさい、と。
クルマに生徒を乗せるのはダメ、ってことになっているから…歩いていくしかない。
ジョーは一人で昇降口に来た。
…ジェットは…?
帰っちゃった。アポロンは部活。
そう…土曜日なのに、みんな忙しいのねえ…
ちょっと迷った。
この子一人と私では…荷物が多すぎるかも。
今日はやめとこうか…いいわ、買い物にはクルマで行くから…
そしたら、僕の月曜日のお弁当は?!
う…っと詰まった。
たしかに。
私が言い出したことなんだから…でも。
荷物がきっと持ちきれないでしょう…?
誰か一緒に行かないと…
と言いかけたとき。
廊下の奥に、エッカーマン先生の姿が見えた。
まさか…この暑い中、一緒に歩いて買い物に行って、荷物半分持ってください…なんて言えないわよねぇ…
ふっと浮かんだ考えの、あまりの身勝手さに、思わずため息をつきそうになったとき。
ジョーが勢いよく私の肩を押した。
先生、行こうよ!僕が荷物持つから!
無理よ。
無理じゃないから…!
無理だと思うけどなぁ〜
…なのに、結局連れてきてしまった。連れてこられてしまったというか。
始めに、日用品のコーナーに行ってジョーのお弁当箱とそれを包むナプキンを選び…
それから、冷凍食品のコーナーに行って。
冷凍食品は家に着くまでに溶けてしまうから…買わずにとりあえず見せて、調理の仕方を説明するだけ。
ジョーは神妙な面持ちで、うなずいていた。
最後に、いよいよ教室の掃除用具などなどの買い物。
減らしたつもりだったんだけど…
やっぱり、かなりの量になって。
半分持つ、という私の申し出をジョーは頑として受けなかった。
僕が持つって約束したから。
してないわ、そんな約束。
した。
…してないわよ。
私は口の中でつぶやいた。
ほんっとに強情なんだから…っ!
待ちなさい、ジョー、止まって!そこに座って。
ジョーは怪訝そうな顔で立ち止まった。
ちょっと休憩しましょう。
公園の脇まで来ていた。
私はジョーを座らせて、自販機に走った。
冷たいお茶の缶を差し出す私に、ジョーは目を丸くした。
買い食いはダメなんだよ、先生。
買い食いじゃないわ。これはあなたの体のために必要なのっ。いいから飲みなさい!
倒れられたら、果てしなく面倒なことになるじゃない!
ジョーは腑に落ちない顔のまま、ゆっくりプルトップをあけ、飲み始めた。
やがて。
先生は…喉乾いてないの?
ええ。
ジョーはちょっと首を傾げ、お茶の缶を私に差し出した。
何よ。自分で捨ててらっしゃい。
違う…先生も飲んで。
喉乾いてないわ…もういらないの?
ううん…でも、これ、おいしいよ。先生も飲みなよ。
だから、私は…
言いかけて、口を噤んだ。
いいわ、もう。
この子とこれ以上言い合いをするのは、今日はもうたくさん。
ジョーから缶を受け取り、二口飲んで、返す。
もういいの?
ええ…後はあなたが飲んじゃいなさい。
うん。
ジョーは一気に飲み干し、自販機近くのゴミ箱へ駆け出した。
どうして、いちいち走るのかしら…?
また汗かいちゃうじゃない。
まだ半分しか来てないのに〜!
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