お昼過ぎに、エッカーマン先生の別荘に着いた。
立派だわ〜!
結局、私も入れて3人招かれたわけなんだけど…もう2、3人いても大丈夫そうな大きい家だった。
私が案内された部屋には綺麗なレースのカーテンがかかっていて…ベッドも、うちで使っているのより上等な感じで。
専用のバスルームまでついている。
気に入りましたか?
エッカーマン先生を振り返り、私は何度もお礼を言った。
でも、ちょっと不思議。
この部屋…どう見ても女性専用の部屋…って雰囲気で。
ここは…僕の母親が昔使っていた部屋なんですよ。だから、家具が少し古くて…すみません。
え…?
私は慌てた。
そんな、大事なお部屋…使わせていただくわけには…!
エッカーマン先生は笑った。
そんなことありません。この家に女性が泊るときは、いつもこの部屋を使ってもらうことになってるんですから…そうだ。
エッカーマン先生は、部屋の隅にある小さい机を指さした。
あそこに、コンピューターをつなげますよ。お兄さんと、メールのやりとりもできます。
…ホントだわ。
ケーブルが何本か引いてある。
この部屋にはなんとなく似合わないけど…でも、エッカーマン先生らしいわ。
なんだかおかしくて、私はくすくす笑った。
夕食はお手伝いさんがしてくれるから、と台所に入れてもらえず…窓の外が暗くなっていくのを見ながら、私はノートPCを荷物から取り出した。
無事に着いたって…兄さんにメールしよう。
ケーブルをつなぎ、スイッチを入れ…メーラーを立ち上げて…
一応、メールの受信をしてみた。
何も来ていないだろうと思っていたら、一通だけあった。差し出し人は…
アイザック・ギルモア…?
聞き覚えのない名前だった。
気味が悪かったけれど…容量がとても小さいし…危険はないだろうと思って、開いてみた。
ごく短い、テキストメールだった。
ジョーが、熱を出した。
私は、明日から会議に出るので、家を空けなければならない。
手伝いを頼みたい。
何、これ…?
しばらく考えて、あ!と私は声を上げた。
アイザック・ギルモアって…あの、ジョーの後見人…?!
メールは、ジョーの自宅と、叔父さんの携帯らしいアドレスにCCしている。
…わけがわからない。
わからないけど…
これだと、このギルモアって人…明日、病気のジョーを置いて会議に行ってしまう…ってこと?
それで応援…っていわれたって…
第一、メールを開けなかったら、どうにもならないじゃない、せめて電話を…!
メールの最後に住所と電話番号が書いてあった。
ここからそれほど離れていない。
私は携帯を取り出し、電話をかけてみた。
…誰も出ない。
ファイルから、ジョーの持ってきた手紙を引っ張り出してみると…確かに住所も電話番号も、メールアドレスも一致している。
数時間後。
私は、その別荘の玄関にいた。
車で連れてきてくれたエッカーマン先生と、何度かベルを鳴らしてみたけど…応答がない。
あれ…?開いてるぞ…?
エッカーマン先生が、目を丸くした。
しかたないわ…
私たちは、静かに家の中に入った。灯りをつけてみる。
誰か…いませんか?
ジョー…?いるの…?
家の中は綺麗に片づいていて…
食堂のテーブルの上には、真っ白な布巾がかかった、食事らしいものが置いてあった。
食堂の向かいの部屋は、書斎のような感じ。
なんだか雑然としている。
ギルモア、という人の仕事部屋かしら…?
アイザック・ギルモア…?!
不意に、エッカーマン先生が大きな声を出したので、私は飛び上がった。
す、すみません…脅かして。今、思い出したんです…アイザック・ギルモア博士といえば、世界でも最先端の研究をしている科学者じゃないですか…!
…え?
そう…言われてみれば…そうだわ。
本当…!
だから、どこかで聞いたことがある名前だと…
呆然としていた私の耳に、微かな物音が聞こえた。
咳…?
足早に奥の部屋に向かい、そっと扉をあけると…ベッドで、誰かが烈しく咳込んでいた。
ジョー…?!
思わず駆け寄った。
毛布の下から、見慣れた茶色の髪が覗いている。
ジョーは、苦しそうに喉を鳴らし、目を堅く閉じていた。
…熱い。
ひどい熱…!どういうこと?ギルモアって人はどこにいるのよ?!
心配と怒りで、私はすっかり取り乱していた。
外で、エッカーマン先生と誰かが言い争いをしているのにも気づかなかった。
やがて。
…は…かせ…?
かすれた声。
私はそっとジョーの手を握りしめた。
…ぼ……だ…いじょう…ぶ…か…ら
大丈夫だ…って言ってるの…?
全然大丈夫じゃないじゃない…!
涙が出そうだった。
信じられない。
何が後見人よ…こんなになっている子をおいて行ってしまうなんて…!
アルヌール先生かね?
ぎくっと振り返った。
ドアのところに、白髪の老人が立っている。
大きい鼻…
…って、そんなことどうでもいいわ!
それじゃ…あなたが、アイザック・ギルモア博士…?
どういうことですか?!この子…
どういう…ことか、わかっておるから来てくれたんじゃないのかね?
…え?
その子には薬を飲ませた…たぶん大丈夫じゃろう。
薬…って!
悪いが、お連れさんには帰ってもらったよ…正直、この家にはあまり人を入れたくないんでな…あぁ。食事はテーブルの上にある…その子の分じゃが、今は喉をとおらんじゃろうから、あんたが食べるといい。
…あの…!
それじゃ…わしは研究室に入らせてもらおう。明日の朝一番に発つが、気遣い無用じゃ。
あっけにとられている私に頓着する様子もなく、ギルモア博士はドアを閉めて行ってしまった。
…何、あれ?!
憤慨して立ち上がろうとしたとき。
微かな声がした。
…お…かあ…さん…?
ハッとして、私は手に力を込めた。
ジョーは少しだけ微笑んで…目を閉じてしまった。
ごめんね…私は…あなたのお母さんじゃないのに…でも。
こんなあなたを放っておけないわ。
何もかも、この熱が下がってからよ…!
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