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学級経営日記

Thursday, 8 August,2002
助手か宿題か
三日前。
予定通り帰宅したドクター・ギルモアは、帰るなり、ジョーを部屋に呼んだ。
 
そして、それきり二人は部屋から一歩も出てこないのだった。
今日まで。
 
食事は山田さんが部屋の入口におくのだけど…いつも、半分ぐらいしか手をつけられていない。
 
さすがに、もうがまんできなかった。
私は止める山田さんを振りきって、部屋をこじあけて……見た。
 
ドクターはすさまじい書類の山と格闘していて…その傍らに、ジョーが座っていた。
座っていた、というか…ほとんどいすからずり落ちそうになって、居眠りしている。
 
あっけにとられている私の目の前で、ドクターはジョーを乱暴に揺り起こし、書類の束をおしつけていく。
 
…な、なんなのっ?!
 
考えるより先に体が動いてしまった。
私は、ジョーの前に積まれた書類の束をひっつかみ、驚いて振り向いたドクターの鼻を力一杯はたいていた。
 
せ…先生…?!
 
ジョーが目をぱっちり開けた。
 
どういうことです、ドクター?!この子、まさかあれから一睡もしていないんじゃ…?!
 
ぼ、ぼくは大丈夫だよ先生〜!慣れてるし、それに…
 
アナタは黙ってなさいっ!!!
 
ジョーを叱りつけ、私は息もつかず、ドクターを非難し続けた。
 
こんなひどい、卑怯なやり方ってあるかしら。
この子は、今はここで…この人を頼って暮らすしかないのよ、それを…!
 
涙がぐっとこみ上げ、唇を噛んだ。
体が震え、止まらない。
 
やがて。
ドクターがゆっくり口を開いた。
 
…なるほど。あんたの言い分はもっともじゃが…この子に聞いてみるがいい。これは、この子が望んでしていることなんじゃ。
 
なん…ですって…?!
 
呆然とジョーに目をやると…彼はちょっとすまなそうにうなずいた。
 
僕、博士の仕事好きなんだ。僕にできることって、まだ少ししかないけど…
 
そういう問題じゃないの!あなたたちは…コドモにはコドモらしく過ごす権利があるのよ…勉強だってしなくちゃ…
 
勉強になってると…思う…僕、ほんとに楽しいんだ…眠いことは眠いけど…もうすぐ終るし…
 
もうすぐ…って、いつ…?
 
ジョーはドクターをちらっとのぞいて、首を傾げた。
 
来週の終りくらい…かな?
 
何言ってるの!ダメよ、そんなの!!
 
でも、先生…
 
宿題はどうするのっ?!
 
…あ。
 
う〜む、宿題か…それはしておかないとマズイじゃろう、ジョーよ。
 
は、博士〜〜???
 
 
…結局。
私がジョーの代わりにドクターの手伝いをすることになった。
その間にジョーは宿題をする。
 
どうしてこんなことになってしまったのか、よくわからないのだけど…
ドクター・ギルモアのペースに、いつのまにかはまっていたとしか言いようがない。
 
 
夜になって。
エッカーマン先生から、週明けに山を下りるから、一緒に帰りましょう、迎えにいきますよ、と連絡があった。
 
ということは、あと3日。
何とかしなくちゃ。
私は、書類の山を睨んだ。
 
コレを片づければ、ジョーは宿題ができるってことよね。
…やってやろうじゃないの。
 
そのかわり、宿題、かんっぺきにやらないと承知しないわよ、ジョー!
Sunday, 11 August,2002
花火
…終った。
 
終ったわっ!!!
 
結局、あれからほとんど寝ていない。
これで、3回目の朝…ってことになる。
 
私はふらふらベッドに倒れ込んで…そのまま眠ってしまった。
 
先生……先生?
 
ジョーに起こされたとき、辺りは薄暗くなっていた。
 
先生、まだ眠い?ごめんね…でも、電話。
 
電話…?
 
エッカーマン先生から。
 
ジョーは私に受話器を押し付けるようにして、部屋を出て行った。
 
もしもし…アルヌール先生?
 
…あ!
 
一気に覚醒した。
そ、そうだったわ…明日出発することになってて…
 
もしもし?大丈夫ですか?
 
は、はい…大丈夫…です、すみません。
 
エッカーマン先生は何度か電話を入れてくれたのだけど、ジョーも山田さんも「アルヌール先生は留守です」と言うばかりで、埒があかなかった…と不安そうに言った。
 
…う。
 
作業に入ってまもなく、ちょうど手が離せなかったとき、先生からの電話が入った。
取りつごうとしたジョーに「今ちょっと留守だ…って言って!」と言ったのは私だった。
 
その後、電話の取りつぎはなかった。
それじゃ…ジョーも山田さんもあの後ずーっと気を遣ってくれて。
 
とにかく、明日の出発時間の打ち合わせをして…電話を切った。
 
そうなんだわ。
明日は帰る…ことになるのね。
 
先生、お目覚めになりました?
 
山田さんがひょっこり覗いた。
 
私、これで失礼します。
今日はお夕食、特別にしました…それから。
 
山田さんはくすっと笑って、白い紙袋を振った。
 
…これ。
あとで、ぼっちゃまと。
 
 
山田さんが置いていったのは、花火セットだった。
懐かしい…けど。
こんなにたくさん?
 
…なんて心配する必要はなかった。
花火って、面白い。
年甲斐がないと思いつつ、夢中になっていた。
 
ジョーはねずみ花火が好きみたい。
やっぱり男の子ねえ……
 
突然思わぬ方向に飛んでいくそれに、私が思わず悲鳴をあげると…嬉しそうに笑う。
 
担任の威厳も何もあったもんじゃないけど。
…でも。いいわ。
今夜だけだもの。
こんな夜があったって。
 
先生…大丈夫?
 
最後の炎が消えたとき、ジョーがぽつん、とつぶやいた。
 
大丈夫…って…何が?
 
先生、まだ、疲れてるんじゃないかと思って。もう少し、休んでから行った方が…
 
大丈夫よ、これくらい…オトナだもの。
 
…うん。
 
アナタは、宿題、終ったの?
 
…ほとんど。
 
ほとんど…か。微妙ね。
Monday, 12 August,2002
ゆうやけこやけ
目覚めたら、ジョーは家にいなかった。
ドクター・ギルモアは、相変わらず部屋にこもりっきりで。
 
エッカーマン先生は約束の時間にきっちり迎えに来てくれた。
山田さんに見送られ、クルマは別荘を後にした。
 
親切そうな人でしたね…お手伝いさん?
 
ええ…ホントにいい人で…楽しかったです。
 
ジョーはどうしたんですか?
 
遊びに行ったみたい。起きたら、もういなくて…
 
そんな早くから?どこへ?
 
さあ…でも、いつもそうだって、山田さんは言ってました。
 
変わった子ですね…
 
…ホント。言われてみれば。
 
思えば、ドクターに振り回されて、あの子がどんな夏休みを過ごしているのか、少しもわからないまま。
10日以上一緒にいたのに……
 
朝から晩まで、どこで遊んでいるのか。
友達はいるのか。
ドクターの助手として働かされているのは実際どれくらいなのか。
 
…とか。
今になってみればいろいろなことが気になる。
 
アルヌール先生…さっきからジョーのことばかり考えてるでしょう?
 
え?
 
無理もないですけど…でも、少し離れた方が、いろんなことが見える…ってこともあると思いますよ。
 
…そう…ですね。
 
ってことで…!まだ早いです、どこかに寄ってから下界に下りましょう…僕の好きなレストランにランチの予約を入れてるんですけど…いいですか?
 
え、ええ。
 
エッカーマン先生の案内で、食事をして、お土産を買って……
 
ホントに行き届いた人だわ、エッカーマン先生。
趣味がよくて、朗らかで、親切で…
…とても、優しい。
 
つい楽しくて、時間がたつのを忘れてしまっていた。
ボートに誘われたときも、湖の美しさにすっかり気をとられていて…帰りが遅くなる、なんて思いつきもしなかった。
 
静かですね。
 
…ええ。
 
なんだか…街に帰るのがイヤになるな。
 
小さい声。
私もうなずいた。
湖面に金色の夕陽が乱反射している。
 
ふと顔を上げると、まともに夕陽を浴びる格好になった。
まぶしい。
 
逆光でエッカーマン先生の表情は見えない。
思わず目を細めた…とき。
どこかぎこちないメロディが微かに聞こえてきた。
 
ゆうやけこやけ。
 
…くすっと小さい笑い声がした。
エッカーマン先生の影が少し震えるように動いている。
 
なんだ…どこでも、あるんですね、この放送…
 
本当…!
 
私も笑った。
そう。
今頃、あそこでも流れてるころだわ、この曲。
 
ジョーが慌てて走ってくる。
曲が鳴り終わる前に家に帰らないと誰かに叱られる…って思ってるみたいに。必死になって。
誰も叱る人なんていないのに。
 
…あ。
 
そう…だわ。
誰も…いない。
あの子を叱る人なんて。
 
何度か名前を呼ばれているのに気づき、私はハッと我に返った。
 
少しだけ薄れた夕陽の中で、エッカーマン先生が微笑んでいた。
 
今日は、帰りましょうか…フランソワーズ。
Friday, 16 August,2002
残暑見舞い
家に帰って、ぼんやりしている間に、どんどん日が経ってしまっている。
 
泳ぎにでもいこうかな…と思い立った日に、いつも行っているプールがお休みだったり。
兄さんは出張から帰ってきたけれど、忙しいみたいで、帰宅はいつも真夜中。
 
つまらない…のだけど、やることはあって。
たとえば、残暑見舞いのお返事書き。
 
毎日のように、ハガキがくる。
1年3組の生徒たちから。
 
イシュキックやヘレンから来るのは…わかるけど。
でも。
 
どうしてアポロンやジェットまでよこしてくるのっ???
 
アポロンのハガキは、とにかく端正。
字も申し分ない美しさだけど…
 
残暑お見舞い申し上げます。
アルヌール先生におかれましては、ますますご清栄のこととお慶び申し上げます。
一学期中は大変お世話になりました。
先生の教えを胸に刻み、精進する毎日であります。
二学期もよろしくご指導の程お願い申し上げます。
時節柄、くれぐれもご自愛下さい。
 
…ええと、
なんて返事すれば…いいのかしら。
 
かと思えばジェットのハガキは…読めない。
ホントに読めない。
 
暑中お見舞い申し上げます
 
これは読める。大きな字で書いてあるし…油性ペンで書いたみたいだし。
でも。
 
どうも、ハガキに何かをこぼしたか、水の中に落としてしまったのか。
見事に字が滲んでいて、何も読めない。
 
宛先は油性ペンで書いてあったみたい。
でも、投函してから、こんなことになるとはとても思えないから…
 
何が書いてあるかわからないハガキを投函する…なんて。
何を考えているのか、全然わからない子だわ〜!
 
…と思っていたら。
 
今日はジョーからハガキが届いた。
消印は、あの別荘のある町。
…でも。
 
暑中お見舞い申し上げます。
先生、お元気ですか。
今日は、市民プールに行きました。
ジェットがおしてきて、つきおとしました。
準備運動していたのでだいじょうぶでした。
 
ジェット?
市民プール???
 
…もう、全然わからないっ、この子たち〜〜っ!!!
Monday, 19 August,2002
日直
久しぶりに学校に行った。
夏休み中、一日回ってくる日直の日で、事務室に待機していなければならない。
 
部活動の練習や高3の特別講習があるし、高3の中には、なぜか教室にわざわざ自習しにくる生徒もいたりするので、結構出入りははげしい。
電話もくるし……
 
お昼近くに、グレート先生がひょっこり顔を出した。
 
おお、今日はアルヌール先生かぁ、ちょうどよかった、いいモノ持ってきたんだよ。
 
まさか、お酒じゃ…
 
まさかまさか!
 
笑いながら、グレート先生はお菓子の箱を取り出した。旅行先で買ったものだという。
お茶を入れた。
 
いやぁ…しっかし早いねえ…もう休みも終わりだな…
 
そう…ですね。
 
アイツら、今頃宿題に追われてるぞぉ。
 
なんだか嬉しそうにグレート先生は言う。
ウチの夏休みの宿題は、21日の登校日に提出、というものが多いのだった。
 
そうそう、アルヌール先生…ハガキ、来たかい?
 
ハガキ…?
 
ああ。暑中見舞い…か残暑見舞いか。アイツらから。
 
…え?
 
目を丸くした私に、グレート先生は説明した。
 
グレート先生の国語の授業で、「手紙の書き方」をやったのだという。
期末試験が終って、ちょっと半端になった時間に。
 
下書きさせて、それをチェックして返却して…で、せっかく書いたんだから、ちゃんと清書してハガキ出せ、それも宿題だ…って言っておいたんだが。
 
…ぼーぜん。
そ、そのせいだったのね〜っ!あのハガキ攻撃っ!!!
 
ま、そういうことだから…マジメに返事を書くこたぁないよ、アルヌール先生。やつらにも、先生から返事がこなくても当たり前だ…って言っておいたし。
 
もう、書いちゃいましたっ!!!
 
おおっ、すごいっ!さっすがアルヌール先生〜!
 
……もうっ。
あ。わかった…わかったわ!
 
ジョーの「市民プール」と「ジェット」は…そのとき書いた下書きで、7月の話だったのねっ!
それをそのままハガキに書いて……
 
な、なんか…だんだん腹が立ってきたかも。
マジメに返事なんて書くんじゃなかった〜!
Wednesday, 21 August,2002
登校日
朝から暑かった。
久しぶりに教室に行くと思うと、少しだけ緊張…したのだけど。
教室に1歩踏み込んだ瞬間、何もかもわからなくなってしまっていた。
 
わかってたけど。
覚悟していたけれど。
 
う・る・さ・い〜〜〜!!!!!
 
生徒達はもう、眼が普通ではないというか…完全にハイになってしゃべりまくっている。
始業のチャイムもかき消されてしまって…
私は、思い切り出席簿で教卓を叩いた。
 
し〜〜ん。
 
…生徒達は眼を丸くして、かたまり…私を見た。
次の瞬間。
 
アルヌール先生だああああああっ!!!!!
せんせえ〜〜〜!!!!!!
しゅくだい、しゅくだいどうするんですか〜???
えーっ、オレしゅくだいまだだぞ〜〜!!!!!
せんせい、今日何するのー?何するのー???
せんせい、海行った〜???
 
…ああっ、もうっ!
 
うるっせえぞっ!きりぃいいいいつっ!!!!
 
ジェットの罵声が飛び、生徒達はやっと立ち上がった。
 
礼っ!おっはようございまぁ〜っす!!!!
 
…た、助かった…助かったわ、ジェット。
 
ようやく深呼吸して、出席簿を広げ、ぐるっと教室を見まわす。
 
…あらあら。
 
思わず笑ってしまった。
さすが中1…全員来てるなんて〜!
去年は高3で…半分も出席してなかったのに…
 
…って。あら?
え…ええと…全員、いる…?
…ってことは…。
 
ジョー…?!
 
思わず大声が出てしまった。
ぼーっと窓の外を見ていたジョーは、仰天した様子で私を見た。
 
あ、あなた…どうして…来たの?
 
帰ってきました。
 
いつ?
 
きのう。
 
…………。
 
と、とにかくまずHRよね、話は後で聞くことにして…
そうそう、そうよ、無事に宿題を集められるかどうか、ここが勝負なんだから…!
 
教科係に名簿を渡し、宿題を集めてチェックして、担当教員へ渡す…という手順を説明する。
こんなことすぐできそうなものだけど、油断できない。
 
あとの生徒達は大掃除。
…といっても、このあとまた休みに戻るわけだから、簡単に…
 
…でいいのに、どうしてこんなに張り切るの〜?!
 
生徒たちはきゃあきゃあ言いながら床を泡だらけにし始めた。
これ、気に入ったのかしら…?
 
なんとか、無事に宿題を提出して、掃除が終れば…今日の日程はおわり。
あっけないけど。
 
さよなら、をしたのに、生徒たちは何となく教室から出て行かず、おしゃべりをしている。
 
…そうだわ。ジョーに話を聞かないと。
 
アポロンとジェットがじゃれ合っているのを、ぼーっと見ていたジョーをつっついた。
 
…え?
 
ジョー、どうしたの?今日はまだ向こうにいるはずだったんじゃないの?
 
早く、終ったから。
 
何が?
 
自由研究。
 
……ええと。
そういうことじゃなくて…つまり。
 
ドクターにご迷惑かけたりしたの?
 
ジョーは眼を丸くして首を振った。
 
ドクターも、叔父様もご存じなのね?あなたが帰っているの…
 
黙ってうなずく。
それなら…いいけれど…
 
自由研究、博士がほめてくれたんだよ。
 
不意にジョーが言った。
 
そう…楽しみだわ…あなたは、科学者のタマゴですもんね。
 
そんなこと…ないけど。
 
ジョーは少し顔を赤くしてうつむいてから、ダンゴになっているジェットとアポロンの中に駆け込んでいった。
 
怪我しないでよ!
 
声をかけて、教室を出た。
 
そう…か。
自由研究…。
あのドクターがほめたなんて、どんなモノなのかしら?
 
いそいで職員室に戻って、自由研究のレポートをチェックした。
…あった。
ものすごく分厚いレポート!
 
表紙を開いて…私は絶句した。
 
無数の、精密な昆虫の絵がずらっと並んでいる。
そのひとつひとつに細かい字で、説明が……
 
…………。
 
ちょっと、ジョー。
 
読めないんだけど。あなたの字〜!!!
Sunday, 1 September,2002
秘密
夏休み最終日。
エッカーマン先生に誘われて、映画を見に行って、食事をして…。
 
レストランを出たら、もう暗くなっていた。
 
アルヌール先生…少しお時間大丈夫ですか?
 
…え?
 
エッカーマン先生は何だか嬉しそうに笑った。
 
蛍…見にいきませんか?
 
蛍…?
 
先生が連れて行ってくれたのは、意外にも学校の近くの雑木林だった。
そこに、小さい田んぼがある。
 
もう、時期としては遅いと思ったんですけどね…この前まだいるのを見たんですよ。
 
ちょっと半信半疑だったけど…私は黙って先生について行った。
 
…う〜ん。
 
しばらくじーっとしゃがみこんでいたエッカーマン先生はため息をついて立上がった。
 
ダメ、みたいだ…残念。すみませんでした。
 
いいえ…こんなところに蛍がいるなんて、全然知らなかったわ…
 
そうでしょう?いることはいるんですよ。来年はもう少し早く見にきましょう。
 
ええ…あの子たちにも教えてあげなくちゃ。
 
エッカーマン先生はくすっと笑った。
 
ダメですよ、アルヌール先生。
 
…え?
 
これは、ボクのヒミツなんですから…あなたにだけ教えたんです。
 
…そんな…こと言われても。
 
黙っていると、不意に肩を抱かれた。
思わず振り払おうとしてしまった…けど。
エッカーマン先生は離してくれなかった。
 
ボクとヒミツを持つのは…イヤですか?フランソワーズ?
 
イヤじゃないけど…困ります。
 
困る…?
 
私は完全に混乱していた。
一生懸命言った。
 
だから…困ります。あの子たちに言えないことがあるのは困ります…だって…!
 
ぎゅっと抱き寄せられて、私は息をのんだ。
…けれど、エッカーマン先生はそのまま動かなかった。
やがて。
 
わかりました。
 
…あの。
 
あなたを困らせようと思ったわけじゃないんです、フランソワーズ…いや、困らせようと思ったのかな?
 
先生…
 
先生は…よしてくれると嬉しいけど…いや、やめとこう!
 
エッカーマン先生は急にいつもの笑顔になった。
 
明日から、また頑張りましょう。生徒達が待ってますからね。
 
私は、ただうなずいた。
Tuesday, 3 September,2002
いたずら
今日は午前中で終わり。
でも…担任はかえって疲れるのよね…
 
だって。
1・2限は学活で。
3限にテスト。
4限は大掃除。
 
要するに、その午前中…全部埋まっているわけで。
 
学級委員長の選挙も一応やり直し。
あっさりジョーに決まった。
副委員長以下も1学期と同じ。
 
ジェットは朝のうち、号令係なんて、もうかったるいから他の奴にかわって欲しい…なんて言ってたけど、
 
アナタ以外に考えられないわ…他の先生もみんなそう言ってるのよ。
 
と休み時間にこっそり耳打ちしたのが効いたみたい。
 
それから席替えをして…体育祭の種目決めもして…
…喉が痛い。
 
考えてみたら、こんなに声を張り上げるのは久しぶりだった。
声の出し方を微妙に忘れているせいだと思う。
 
別に、生徒達が言うことをきかない…というわけじゃないんだけど…
でも、長いお休みが終って、とにかくあの子たち、盛り上がりまくっているから。
エネルギーが違う。
 
午後は会議。
やっと終って、会議室から職員室へ戻る途中、ふっと思いついて教室に向かった。
ゴミ捨てしてるかどうか、確認していなかったのを思い出して。
 
教室に入って、ゴミ箱確認。
ちゃんと捨ててある…よかった。
うんうん、と一人うなずいた次の瞬間。
 
わっ!!!!!
 
飛び上がってしまった。
ゴミ箱の脇の掃除用具入れの扉が勢いよく開いて、ジョーとジェットが転がり出てきたのだった。
 
あ…あなた…たち…
 
やったっ!やったぜっ!大っ成功!!!!
 
先生!アルヌール先生、驚いた?ねぇ、驚いた?!
 
お…驚いたわよ、もちろん。
いえ、そ、そうじゃなくて…
 
じゃねっ、先生、さよならっ!
 
声をかける間もなく、二人は教室を飛び出していった。
嬉しそうな笑い声が、あっというまに遠ざかる。
 
な…なんなの…いったい…?!
 
さよなら、をしてから3時間。
まさか、その間ずっと掃除用具入れに入ったわけでは…まさか。
 
そこまで考えて、私は思わず頭を振った。
 
そんなはずないじゃない…!馬鹿ね、フランソワーズ…!
 
そう。
たぶん、あの二人はずーっと教室でおしゃべりしていたか遊んでいたか…
それで、私が会議室から歩いてくるのに気づいたんだわ。もし、教室にきたらおどかそうと思って、こんなところに隠れて。
 
…もうっ!
どうしてこんなに元気なのっ?!
 
扉が開け放しになっている掃除用具入れを何となく覗き込んだ。
何か、落ちている。
…これって。
 
小さい鈴。
ジョーのかしら。
ジェットのかしら。
 
教室にカギをかけて、職員室に向かおうとしたら、慌ただしい足音が近づいてきた。
…ジェット。
 
あ、先生…
 
…これ?
 
鈴を振ると、ジェットは目を大きく見開いてうなずいた。
 
ありがとう、先生…さよなら!
 
さよなら…走っちゃダメよ!
 
ジェットはぴたっと足を止めた。
つんのめりそうな勢いのまま、くるっと振り返る。
 
おどかして、ごめんなさい!……って、ジョーが言ってました!
 
…なにそれ。
 
Friday, 6 September,2002
夜泣き
そろそろ夏休みボケも解消してきた…はずなんだけど。
 
ジェットの様子がおかしい。
授業中、すぐ居眠りしてしまう。
 
うるさく騒ぐことはあっても寝ることはあまりない子だと思っていたんだけど…どうしたのかしら?
 
今日もハインリヒ先生の授業で居眠りした…とか。
いい度胸ね、ジェット。
 
どうも、おかしいな、アイツ…
 
廊下にジェットを正座させてひとしきり叱ってきたハインリヒ先生は首をかしげていた。
 
たしかに…ヘンですね。聞いてみようかしら。
 
ああ…そうした方がいいだろうな。
 
放課後、ジェットを捕まえて聞いてみた。
 
ねぇ…あなた、寝不足なの?
 
ああ…!ホント、勘弁してほしいんだよな〜!
 
…勘弁…?
 
夜泣きするんだよ〜!
 
夜泣きって…誰が?
 
イワン!
 
?????????
 
首をかしげている私に、ジェットは照れくさそうに笑った。
 
イワン…!俺の弟!
 
弟…?!
 
先月生まれたんだ。名前も俺がつけたんだぜ!カワイイんだけど、よく泣きやがるんだよな〜!
 
え、ええと…ええと。
 
ぼんやり考えているうちに、あっという間にジョーが来てアポロンが来て、3人は走り去ってしまった。
 
弟…?
先月生まれたって…そんな…
だって。
あの子のお母さんは…亡くなってるのに。
 
どういうこと…?
Monday, 9 September,2002
ホントの弟
放課後、ジェットを呼んで、もう一度ゆっくり聞いてみたら…
 
つまり、新しいお母さんが来た…というかお父さんが再婚したのだという。
 
そういうことだったの…と思いかけて。
…でも。
 
でも、先月赤ちゃんが生まれた…っていうことは。
その、ジェットのお父さんは…その女性といつ…?
 
いろいろ考えるのはよそうと思った。
だって、ジェットは本当に嬉しそうにイワンのことを話してくれたから。
 
俺のおふくろは、前のおふくろだけでいいって、オヤジもあの人も言ってるし、それでいいと思うんだけど…イワンは俺のホントの弟だし、アイツのホントのおふくろはあの人だろ?
 
…そうね。
 
文化祭のときにさ、先生に見せてやりたいんだけどな〜
 
イワンちゃんを?
 
うん。でも、まだちっこいからな!
 
そうねえ…
 
おしめを替えるのは俺の仕事なんだぜ。
 
そう、すごい…!私、やったことないわ。
 
はは、ダメだなぁ、先生は…!嫁のもらい手がなくなっちまうぜ♪
 
…言ったわね!
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Last updated: 2007/10/21