空は高曇り。
涼しいし、湿度もそれほどではないし…
まさに、体育祭日和!
養護のテントはのんびりした感じだった。
先生が予言したとおり、予行のときよりも怪我の生徒は少ないし、程度も軽いみたい。
プログラムが進むにつれて、観客もどんどん増えていく。
ビデオやカメラを抱えた人たちが忙しそうに歩き回って……
組体操が無事に終わって喝采を浴びた後は、いよいよ学級対抗リレー。
退場門から、生徒たちが入場門へと駆け出していく。
やっぱり、ココの招集はきつかったわね……
学級対抗リレーは、練習の甲斐あって、流れるようなバトンパス…完璧な戦いっぷりだった。
シンシアがスタートダッシュで飛び出し、ジェットが二位との差を更に広げた。ヘレンはちょっと遅れて、わずかに追い越されてしまったのだけれど、ジョーが逆転。第五走者の女子は危なげなく走って、アンカーのアポロンにバトンを渡し…アポロンは悠々と後続を引き離して、ガッツポーズを決めながらゴール!
姉上〜!!!!
意気揚々と手を振る先には、白のはちまきをしたアルテミスが微笑していた。
午後の競技も順調に進み、残すのはとうとう紅白対抗リレーのみ。
得点は…かなり拮抗している。
最後の応援、とばかりに、応援団がフィールドに飛び出す。
横山くんが大きな紅旗を掲げながら応援席の前を駆け抜ける。
心得た高校生たちが勢いよくウェーブ!
横山くんは続けて中学生の前も駆け抜けるのだけれど、慣れない彼らはおろおろきょろきょろしていて、どうしたらいいかわからないみたい。
でも、横山くんはくじけない。
何度も何度も自分の背丈の2倍以上ありそうな紅旗をかついだまま走り続ける。
とうとう、中学生もきれいなウェーブを作った。
すごい盛り上がり方だわ。
紅白対抗リレーに出るのは、クラスの男女2名ずつ。
紅白2チームずつ、合計4チームが中1から高3へとバトンをつないでいく。
得点係の先生にしか、何位と何位になれば優勝なのか…はわかっていない。
1位をとればOKなのか、それとも……
歓声の中を、選手たちが入場してきた。
ウチのクラスからは、アポロンとジョー、シンシアとヘレンが出場している。
スタートは1年1組の女子。
バトンはあっというまに男子から2組の女子へと渡り…シンシアとヘレンがスタートラインに立った。
紅組は…1位と3位。
1位で走ってきた2組の男子がシンシアに、3位の方がヘレンにバトンを渡した。
思わず飛び上がるように声援を送る。
シンシアは文句なしに速い。
学年の女子でトップの脚だと生徒たちは言う。
ヘレンは…一生懸命走っていた。さっき、学級対抗リレーで遅れたのが悔しかったみたい。
観客席がどよめいた。
カーブのところで、ヘレンが2位に追いついて…
ああっ!!!!!
私は思わず叫んだ。
歓声が一瞬で悲鳴に変わる。
ヘレンが、転倒した。
すぐ立ち上がって走り始めたときには、既に4位に後退し、大きく差をつけられていた。
アポロンはもう1位で飛び出している。
ということは、ヘレンからバトンを受けたのは……
ジョー!!!!!
私は夢中で叫んだ。
横山くんが何か大声でわめいている。
応援席が悲鳴と歓声に包まれた。
速い。
ものすごく速い。
私が我に返ったとき、ジョーは既に3位の生徒を抜き去り、2位の生徒に並んでいた。
コーナーを回ったところで、難なく2位に上がり…更にアポロンに迫っていく。
…う、うそ。
たしか、ピュンマ先生は、中1の男子で一番脚が速いのはダントツでアポロンだ…って言ってなかったかしら…?
ジョーはぐんぐんアポロンに近づき、ほとんど同着で4組の女子生徒へバトンを渡すと、そのまま倒れ込むようにフィールドへ転がった。
思わず養護の先生が立ち上がったけれど…ただ疲れただけ…みたいだった。
泥だらけになったヘレンが倒れたジョーに駆け寄っていく。
選手は静かに並んで待っていなければならないのだけど…みんなが興奮しきっている紅白リレーのときはちょっと例外。とがめる先生もいない。
ジョーはゆっくり起きあがって、泣きじゃくるヘレンに何か困ったように話しかけていた。
トラックでは、高校生にバトンがわたっていた。
紅組が1位、2位のまま。
何が起こるかわからないのが紅白対抗リレーだけど…かなり差は開いている。
高2の男子にバトンが渡ったとき、異変が起こった。
1位で走ってきた、ヘレンとジョーがつないだチームの走者が、あっという間に2位に後退したのだった。
転んだわけではない。
懸命に顔を真っ赤にして走っている。
けれど、遅い。
遅すぎる。
生徒たちは騒然となった。
彼はみるみるうちに白組の選手たちにも抜き去られ、更に差を大きく広げられていった。
これは…これは、もしかして。
本部席にいたハインリヒ先生がガンっ!と机を拳で叩いた。
最下位で女子にバトンを渡すと、その生徒はトラックに座り込み、肩を大きく上下させながら涙をぬぐっていた。
養護の先生が溜息をつき、こっそり応援席を指さした。
高2の男子が座っている辺りで、あきらかにフツウの応援とは違う雰囲気で異様に盛り上がっているところがあった。
大きな体の男子たちが両手を叩き、椅子にそっくりかえるようにして爆笑している。
高校生に、たまにある。
体育祭なんて、ばかばかしくてやってられないよ、というポーズをとる生徒たちが主導権を握っているクラスで、担任がうっかりしていると…こういうことがごくまれに起きる。
選手を、全部くじ引きで決めてしまうのだ。
それでも、紅白対抗リレーだけは、良識のある生徒たちが何とか動いて、脚の速い生徒を走らせるようにするものなのだけど……
泣いている男子生徒には、私も見覚えがあった。普段は、へらへらしている感じの子。
きっと、くじが当たったときは、仲間の手前、おどけていたに違いない。
でも、こうやって、一生懸命走る子供たちの中に置かれて…こんなところまで追いつめられて、やっと自分たちがしたことがわかった…のかもしれない。
ぼんやりしているうちに、ゴール。
紅組は1位と4位だった。
1位をとった…ということは、優勝の可能性はあるのだけど…
なんだか重い気持ちで、私は閉会式のため、並び始めた生徒たちの間に入って、整列の指示を始めた。
…そのとき。
人混みの向こうから、悲鳴と怒号が上がった。
なにかしら?
ばらばらと男の先生たちが駆け出していき、そして、ハインリヒ先生の大声が聞こえた。
アルヌール先生!アルヌール先生!!
ただならぬ声音に、駆け出した私が見たのは。
泥と血で汚れ、転がっている高校男子生徒3人と…
同じく泥まみれになって、ハインリヒ先生とピュンマ先生に押さえつけられ、肩で烈しく息をしているジョーだった。
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