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学級経営日記

Wednesday, 11 September,2002
組体操
今週から、体育祭準備のための特別時間割が組まれている。
 
中学の男子は組体操。女子はダンス。
どっちも大変そう。
 
練習時間に授業が当たっているときは、体育の先生の手伝いにグラウンドに出ることになっている。
手伝いといってもただ見ているだけなんだけど…
 
いつも私はダンスの方に行くのだけど、今日は組体操の人手が足りないとかで、呼ばれてしまった。
 
演技のクライマックス、塔の練習なのだという。
ピュンマ先生は真剣そのものだった。
少しの油断がけがにつながってしまう。
 
よ〜し、二段目…!ゆっくり…ゆっくり膝を伸ばして…ゆっくりだぞ…!
 
最下層の生徒が立ち上がり、二段目…三段目と立ち上がって…いよいよ頂上の生徒。
 
かなり高い。
一年生には、怖くて立ち上がれない生徒もいる。
…けれど。
 
私の目の前にいたグループの頂上はジョーだった。
すっと、何でもないことのように立ち上がってまっすぐ両腕を水平に広げる。
思わず拍手してしまった。
 
あ!アルヌール先生だ…!
 
ばかっ!動くな、ジョー!!!!
 
ピュンマ先生の怒声が響いた瞬間。
塔がゆらりとバランスを崩した。
 
危ない…っ!
 
私はとっさに腰を落とし、両手を広げて身構えた。
アタマの上で生徒の悲鳴が聞こえる。
 
アルヌール先生っ!
 
すぐ隣でハインリヒ先生が何か叫んだ。
落ちかかってくる生徒の背中を懸命に押さえる…のだけど…
 
ばらばらと足音が集まってくる。
ピュンマ先生の声も…
 
ふっと、のしかかっていたモノが軽くなった。
男の先生たちが次々に駆けつけ、加勢してくれているみたい。
 
よかった…!
 
と、ほんの少し気持ちがゆるんだとき。
ぐらっと足元が崩れた。
 
きゃあああああっ!!!!
 
何がなんだかわからなくなって…
気づいたら、柔らかいモノの上に、私は倒れていた。
 
先生…っ!大丈夫ですか?
 
大丈夫か、ジョー?!
 
…ジョー…?
 
慌てて身を起こした私の下からジョーがはい出して、大きく息をついた。
 
あーびっくりした。先生、大丈夫?けがしなかった?
 
…え?
 
大丈夫?じゃないだろうっ!気をつけろ、島村っ!
 
アルベルト先生に叱られて、ジョーはちょっと肩をすくめた。
 
結局。
倒れかけた私を支えようとして、ジョーが飛び込んできて…下敷きになったらしい。
 
もちろん、ジョーは頂上にいたわけだけど…
ってことは飛び降りて駆けつけたことになるのだけど…
そんなこと、どうやってできたのかしら?
 
答えられる教員はいなかった。
 
とにかく、私は以後組体操の監督からはずされることになり…
ジョーも厳重注意を受けたのだった。
 
まぁ…あの子が身軽だってことはわかってたけどね。だから上にのせたんだし。
 
ピュンマ先生は考え考え言った。
体育の先生って、本当に大変…。
 
 
Friday, 13 September,2002
いさかい
教室掃除の時間。
当番が一人足りないのに気がついた。
シンシアがいない。
真面目な子なのに…珍しいわ。
 
シンシアはどこに行ったの?
 
私の問いかけに、掃除当番の生徒たちは困ったように顔を見合わせた。
 
困ったわね〜
 
と、外に出ようとした私を、生徒たちは慌てて引き留めた。
 
先生、違います、シンシア…います。
 
え…?
 
…あそこ。
 
生徒たちが指さしたのは、後ろに寄せた机と机の間の隙間だった。
そこに、シンシアがしゃがんでいる。
 
…泣いてる…の?
 
生徒たちは息を殺してうなずいた。
 
どうして…?
 
え、ええと…
 
とにかく、このままにはできない。
両手で顔を覆っているシンシアを立たせて掃除の済んだ前の方へ連れて行き、教卓の椅子に座らせる。
 
掃除をしながら生徒たちにぽつりぽつり聞いたところ…女の子同士の喧嘩のようなのだった。
 
シンシアが、他クラスの女子に「タラシ」と罵られた…のだという。
 
タラシ…って…ええと…
 
あの子たち、島村くんのファンだから…
 
島村くん…?ジョーの?
 
少し混乱した。
彼女たちの間では女の子に対しても「タラシ」という言葉を使うらしい。
 
要するに、シンシアがジョーとべたべたしている、こびている…とかなんとかで反感を買ったのだという。
 
べたべた…してる…そうかしら?
 
掃除が終わってしばらくすると、シンシアは落ち着いたらしい。
大丈夫です、すみませんでした…と私に言った。
 
あんまりシツコくやられるようだったら言いなさいね。
 
はい。大丈夫です。あ〜あ、泣いたりするんじゃなかった…!くやしい!
 
それにしても…
ジョーがそんなに女の子に人気があるなんてしらなかったわ。
 
ジョーって、あなた達からみたら、かっこいいの?
 
シンシアたちは一瞬困った顔になった。
 
かっこいい…っていうのとはちょっと…
 
ウン…。カワイイ…っていうの?
 
…カワイイ?
 
よくわからないけど…
こういうのが楽しかったり大変だったりする年頃なのかしら。
Monday, 16 September,2002
朝練
今日から30分早く出勤する…というのは、生徒たちが体育祭の学級対抗リレーのため、朝練習をするというので。
 
見ていると、つまりバトンパスの練習…のようで。
時々怒鳴っているアポロンが指揮をとっているみたい。
ジェットは勇み立ってあっという間にバトンゾーンからとびだしてしまうし…ジョーは走ってくる女の子を気遣って、必要以上にゆーっくり待ってしまう。
なかなか難しいものなのね……
 
アポロンは何度も首を振って、走順を入れ替えたりしている。
熱心だなあ…
 
学級対抗リレーに優勝すると、実は選手全員に金メダルがもらえる。
二位だと何ももらえないから、その差は大きい。
 
そう教えてあげようかと思っていたけど…やめた方がいいかしら。
 
これ以上ヒートアップしたら、怪我が心配だもの。
Tuesday, 17 September,2002
撮影
体育祭の準備をしながら…なのだけど、文化祭のこともそろそろ本腰を入れなければならない。
 
1年3組では映画を作ることになってしまった。
ジェットとシンシアがすごくやる気になっていて、そっちに引きずられたというか…
 
既に、夏休み中にヘレンとイシュキックが脚本を書いてきている。
監督はジェット。
撮影はアポロン。
 
主演は…ジョーとシンシア。
 
というから、ラブストーリーなのかと思っていたら、そうではないみたい。
脚本を読むと、学園ホラーミステリー…ってことなのかな…?
 
よくわからない話なのだけど、子供が考えるんだから、こんなものなのかしら。
 
脚本と監督には、クラス企画なんだから、全員が一度は画面に登場するようにしなくてはダメ、と言っておいた。
結構苦労しているみたい。
 
で、今日から撮影。
まずジョーとシンシアが教室で語り合うシーンから…らしい。
 
廊下に注意書きを並べて、打ち合わせをして、スタート!
 
…が。
全然ダメ。
 
ジョーがどーしても台詞をつっかえてしまう。
そんなに長い台詞じゃないのに…
 
取り直しが続く。
3回…4回…5回……
 
わずか20秒足らずのシーンなのに!
 
…7回目。
 
席についてうつむいているジョー。
その机に両手をついて立っているシンシア。
用意…スタート!
 
ねえ…ジョー、どういうことだと思う?
 
…うん。
 
うん、じゃなくて…誰があんなことしたのかしら?許せないわ!
 
でもボクは、このクラスにそんなことをする人がいるわけないと思うよ。
 
や、やっと言えたわ!
…と思ったら、ジョーがくしゃみをした。
思わず天井を見上げた瞬間。
 
ガンッ!!!!
 
ものすごい音に私たちは飛び上がった。
シンシアがジョーの机の足を思いきり蹴っとばしたのだった。
 
ジョーは目をまん丸くして固まってしまった。
私たちも。
短い沈黙の後、ジェットが言った。
 
え〜と、じゃ、も一度だ!
 
8回目はつつがなく成功した。
やれやれだわ。
外はすっかり暗くなっている。
時計を見て、私は言った。
 
あ、あと15分で下校時刻…今日は撤収しましょう、急いでね!
 
アポロンがえぇっ?と叫んだ。
 
そんな、まだこれしか……
 
時間は守らなくちゃダメ!続きは明日よ。
 
ジェットが呻いた。
 
マジかよ〜!まだたった20秒分しか…!
 
一応、20分作品の予定だから…。
 
そうね、あと1180秒。がんばってね。
 
計算しないでください、アルヌール先生〜!
 
泣きそうな声でシンシアが叫ぶ。
ジョーはぐったり机に伏せっていた。
Wednesday, 18 September,2002
予行練習
今日は体育祭の予行練習。
生徒たちはもう、うきうきはしゃいでいる。
結構大変なんだけど…
 
いつもと違う規則がいろいろある。
トイレだって限られた場所になるし、教室への出入りも自由ではないし。
全部…わかってるのかなあ…?
 
不安は不安なのだけど、確かめる方法はない。
とりあえず、さあ、はじめ〜!と生徒たちを教室から追い出していく。
 
私は、救護係だった。
 
ヤマは棒倒しとリレーかしらね…
 
テントの下で、養護の先生はちょっと緊張した表情でプログラムをめくっている。
棒倒しや騎馬戦のような格闘系の競技で怪我が出やすいのはもちろん、生徒たちが全力疾走するリレーでも肉離れのような事故が多い。
 
何も起きませんように、と私たちは少しおどけながらお祈りをした。
 
中1の百メートル走が終わると、早速すり傷の子供たちがテントへやってきた。
 
まず、傷を洗ってきなさい!
 
と、養護の先生は少し厳しく泥だらけの生徒を追い返す。
上級生は心得ていて、キレイに傷口を洗い流してからやってくるのだけど。
 
先生、先生、先生…!
 
一度追い帰されたジェットが得意そうに戻ってきた。
両膝と右肘を派手に擦りむき、おまけに鼻の頭からも血を滲ませている。
 
どういう転び方したの…?
 
溜息をつく養護の先生に、ジェットは、わからないけどさ、と、また得意そうに言う。
 
先生…
 
慌ただしくガーゼを切っていた私に、おずおず話しかけてきたのは、顔を押さえたジョーだった。
 
あなたも…?どうしたの?
 
あの…鼻血……
 
情けなさそうにつぶやく彼の指の間から、血が滴り落ちている。
 
あ、あら…!
 
急いで脱脂綿と保冷剤を出しながら、ジョーを座らせた。
とりあえず鼻に脱脂綿をつめて、血で汚れた手を拭いてやり、ぎゅっと鼻柱をつまみながら保冷剤を当てる。
 
落ちないように押さえて…そう、そうよ…口の中に血が溜まってない?ここに吐き出しなさい…気持ち悪い?
 
ジョーは黙って首を振った。
ジェットの手当を終えた養護の先生がちらっとこっちを見て、それでいいわ、というようにうなずいた。
 
何度か脱脂綿を替えているうちに、やがて血は止まった…ように見えた。
 
アルヌール先生、ボク、むかで競争に出なくちゃ。
 
次の次の競技だった。
 
それ…やめておいた方がいいんじゃない?もう少し休んで…
 
でも、みんなと練習したし。
 
むかで競争の練習までしたの…?
と、ちょっと驚きながら、私はう〜ん、と首をかしげた。
 
どうしましょう、先生…この子、むかで競争に出たいって…
 
元気ね〜!いいわよ、でもちゃんと鼻に綿を詰めてね。
 
えぇ〜っ?
 
頓狂な声を上げるジョーの鼻に、もう一度新しい脱脂綿をぎっちり詰め込んで、予備の綿と保冷剤を握らせ、席へ追いやった。
 
ボク、先頭なんだよ〜!
 
迎えにきたジェットとアポロンが爆笑している。
かわいそうだけど、私も笑ってしまった。
 
不慣れな中1に比べると、上級生には怪我が少ない。
ようやくほっと息をついていると、午前の競技も終わりに近づいてきた。
次は…組体操。
養護の先生の表情が一気に緊張する。
事故があってはいけないけれど、もしあったら救急車騒ぎになることもありうる競技なのだ。
 
ピュンマ先生の指揮のもと、生徒たちはきびきびと危なげなく動いた。
さすがに、前見た練習のときとは違う。
…そして、最後の塔。
 
ピーッ!と鋭い笛の音と同時に、頂上の生徒たちが静かに立ち上がり、ぴっちり両手を伸ばした。
大成功…!
 
拍手する私を、養護の先生が笑いながら素早くつっついた。
 
アルヌール先生!見て、あの子ったら…!
 
誇らしげにまっすぐ立ち、両手を広げているジョーの鼻には、まだ脱脂綿が詰まっていた。
 
はずしなさい、って誰かに言われるまで詰めておくつもりなのかしら?
 
そ…そうかもしれないわ。
Thursday, 19 September,2002
応援団長
体育祭が近いと、応援団の練習にも熱がはいってくる。
 
高校生は盛り上がっているのだけど、中1はわけがわからないから、応援団志願の生徒も少なく、クラスに割り当てられた人数を無理矢理出すことになってしまう。
 
ウチからは、比較的おとなしい生徒たちがかり出されることになってしまった。
 
滑稽な踊りで笑いをとり、声を張り上げる応援団についていけるのかとても心配だったけれど…高校生たちの熱心で親切な指導が実を結んでいるみたいだった。
 
1年3組は紅組。
応援団長は高3の横山くん。
 
背が低くて、いわゆる牛乳瓶の底メガネをかけている、一見頼りなさそうな生徒なのだけれど…中学生の頃から応援団員として活躍していて、今ではカリスマ応援団長…というかなんというか。
 
彼の応援も今年で終わりなんですね…
 
ちょっとしんみりして、ハインリヒ先生に話しかけた。
体育祭が終わると、まだ先…とはいえ、高3に「卒業」が見えてくるような気がする。
ふっと、去年のことを思い出してしまった。
 
ハインリヒ先生はちょっと眉をひそめるようにして、声を張り上げながら踊る横山くんを見ていた。
たしか、横山くんは中学3年間とも、先生が担任していたはず。
いろいろ苦労した…というような噂も聞いたことがあるから、感慨もひとしお…でしょうね。
 
最後になればいいんだが。
 
…え?
 
思わずハインリヒ先生を見上げてしまった。
先生はにこりともせずに言った。
 
次の中間考査が勝負だと、アイツにわかっているのかどうかが問題だ。
 
…ええと。
 
そ、そうだわ…たしか、一学期の成績…彼は赤点が3つか4つあった…かもしれない。
 
ま、アイツなら来年も臆面もなくやるだろうがな、応援団長。
 
彼を知り尽くしているハインリヒ先生が言うと…ホントに怖いわ。
Friday, 20 September,2002
てるてる坊主
今日は雨。
 
ここのところずーっと快晴続きだったのに、体育祭が近づくと毎年こう…って気がするわ。
今年はそれでも、予行練習が無事にできただけマシかもしれないけれど…
 
私たちは何度となく空を見上げては溜息をついた。
 
体育祭は、雨なら火曜日に延期。
日曜日だけど、月曜日課の授業をする。
月曜日は予定どおり代休。
 
生徒たちは必死でお祈りしている。
そうよね…日曜日に授業なんてしたくないわよね……
 
しかも、3組の場合、月曜日課は生徒が言うところの「息抜きができない日」だったりして。
実技教科が入っていない…って意味らしい。
 
職員室のテレビは、音声を消したニュース番組がつきっぱなし。
コンピューターも、天気予報の画面専用になってるのが一台。
 
気を揉んでもしょうがないんだけど…
 
帰りの学活で、教室に入ったら、窓にずらっとてるてる坊主が並んでいる。
目を丸くしていたら、ヘレンがにこにこして言った。
 
今日は放課後も残って、みんなでてるてる坊主を作るんです。
 
そ…そう…。でも、これだけあれば十分なんじゃ…
 
でも、心配だから…
 
見回すと、女の子だけじゃなく、ジョーもジェットもアポロンもなにやら手を動かしている。
思わずジェットをつっついた。
 
ねえ、今日の撮影は…?
 
ジェットはばっと顔を上げ、真剣そのもので言った。
 
そんなことしてる場合じゃないぜっ!!!
 
そんなことって、どっちが〜〜???
Saturday, 21 September,2002
特撮
雨は小降りになってきた。
 
養護の先生は「理想的だわ」と笑う。
明日はくもり…みたい。
 
からからに乾いたグラウンドだと、転んだときの怪我が酷くなりやすいし、暑いと熱中症も心配だし…最近は、紫外線に弱い生徒も多い。
だから、養護的には前日まで雨、当日くもりの体育祭が理想なんだ…とか。
 
小雨のぱらつくグラウンドで、高校生が一生懸命ライン引きをしている。
コレがあるから、今日、中学校の運動部はほとんどが練習休みだったりして。
 
そこで!
当然、撮影をしなくちゃいけないわけ!
 
帰りが遅くなる、というのはもう兄さんに連絡済み。
生徒もまばらになってきた頃、撮影は開始された。
今日は…特撮の日なのだ。
 
撮るべきシーンは…
 
謎の女の子が、長い廊下を歩いていく後ろ姿。
彼女は物理準備室に近づいていく。
 
準備室の入り口は引き戸ではなく、ドア。
彼女が近づくと、ドアが自然に開き…
彼女が準備室に入ると、自然に閉まる。
 
…以上。
 
ジェットとアポロンはこのシーンをどうやって撮るか、議論した。
 
閉まっているドアを開けるには、ドアノブを回さなければならない。
それは、物理準備室の中からやればいい。
 
そうしたら、ドア開け係の生徒が、廊下に這いつくばって、カメラを避けつつ、そーっとドアを開ける。
 
女の子が歩いていくシーンと、ドアの開け閉めシーンは別カットにして処理する。
 
いろいろ考えるわね…と思いながら、私は黙って撮影を見守っていた。
 
中からノブを回すのはシンシア。ドア開け係はジョー。
土曜日なので、最低限の人員しか集まらなかったらしい。
 
撮影はかなり難航した。
這いつくばったまま、ドアの下端を指にひっかけ、匍匐後退…して、一定の速度でゆっくりドアを開ける…のはものすごく難しいようだった。
更に、ぎりぎりのトコロまでカメラを引いて撮影する…のも相当難しそうだった。
 
ジョーはいつの間にか額に汗をかいている。
アポロンも何度かふうーっと息をついた。
 
撮って、確認して…撮り直し。
ドアを開ける速さやタイミングを変えて、また撮り直し。
カメラの角度を変えて、またまた撮り直し…。
 
何度も何度も繰り返して…とうとう。
モニターを見ていた生徒たちが歓声をあげた。
やっと、いい映像が撮れたらしい。
 
…でも。
…どうしよう。
…これって、私の責任かもしれないわ。
 
私もついつり込まれて、冷静さを失っていた…んだと思う。
私が気付かなくちゃいけないことだったのに。
 
ジェットが興奮気味にモニターを見せにきた。
 
スゴイだろ先生!かんっぺきだぜ!!!!
 
たしかに、見事な映像だった。
ドアは音もなく開き…閉まり。
ごく自然で…とても不思議な映像。
…でも。
 
ああ、どうしよう〜!
 
廊下には窓がずらっと並んでいる。
そして…
外はもう暗くなっていた。
 
そう、ここは昼間のシーンだったのよ〜!!!!
 
教室なら、カーテンを閉めておけばなんとかごまかせるけど、廊下は無理だわ。
 
ジェットとアポロンは興奮してガッツポーズを繰り返している。
ジョーとシンシアもすごく嬉しそうに何度もモニターを確認して……
 
でも、言わなくちゃ…ね。
Sunday, 22 September,2002
体育祭
空は高曇り。
涼しいし、湿度もそれほどではないし…
まさに、体育祭日和!
 
養護のテントはのんびりした感じだった。
先生が予言したとおり、予行のときよりも怪我の生徒は少ないし、程度も軽いみたい。
 
プログラムが進むにつれて、観客もどんどん増えていく。
ビデオやカメラを抱えた人たちが忙しそうに歩き回って……
 
組体操が無事に終わって喝采を浴びた後は、いよいよ学級対抗リレー。
退場門から、生徒たちが入場門へと駆け出していく。
やっぱり、ココの招集はきつかったわね……
 
学級対抗リレーは、練習の甲斐あって、流れるようなバトンパス…完璧な戦いっぷりだった。
 
シンシアがスタートダッシュで飛び出し、ジェットが二位との差を更に広げた。ヘレンはちょっと遅れて、わずかに追い越されてしまったのだけれど、ジョーが逆転。第五走者の女子は危なげなく走って、アンカーのアポロンにバトンを渡し…アポロンは悠々と後続を引き離して、ガッツポーズを決めながらゴール!
 
姉上〜!!!!
 
意気揚々と手を振る先には、白のはちまきをしたアルテミスが微笑していた。
 
 
午後の競技も順調に進み、残すのはとうとう紅白対抗リレーのみ。
得点は…かなり拮抗している。
 
最後の応援、とばかりに、応援団がフィールドに飛び出す。
横山くんが大きな紅旗を掲げながら応援席の前を駆け抜ける。
心得た高校生たちが勢いよくウェーブ!
 
横山くんは続けて中学生の前も駆け抜けるのだけれど、慣れない彼らはおろおろきょろきょろしていて、どうしたらいいかわからないみたい。
 
でも、横山くんはくじけない。
何度も何度も自分の背丈の2倍以上ありそうな紅旗をかついだまま走り続ける。
とうとう、中学生もきれいなウェーブを作った。
すごい盛り上がり方だわ。
 
紅白対抗リレーに出るのは、クラスの男女2名ずつ。
紅白2チームずつ、合計4チームが中1から高3へとバトンをつないでいく。
 
得点係の先生にしか、何位と何位になれば優勝なのか…はわかっていない。
1位をとればOKなのか、それとも……
 
歓声の中を、選手たちが入場してきた。
ウチのクラスからは、アポロンとジョー、シンシアとヘレンが出場している。
 
スタートは1年1組の女子。
バトンはあっというまに男子から2組の女子へと渡り…シンシアとヘレンがスタートラインに立った。
 
紅組は…1位と3位。
1位で走ってきた2組の男子がシンシアに、3位の方がヘレンにバトンを渡した。
思わず飛び上がるように声援を送る。
 
シンシアは文句なしに速い。
学年の女子でトップの脚だと生徒たちは言う。
ヘレンは…一生懸命走っていた。さっき、学級対抗リレーで遅れたのが悔しかったみたい。
 
観客席がどよめいた。
カーブのところで、ヘレンが2位に追いついて…
 
ああっ!!!!!
 
私は思わず叫んだ。
歓声が一瞬で悲鳴に変わる。
 
ヘレンが、転倒した。
すぐ立ち上がって走り始めたときには、既に4位に後退し、大きく差をつけられていた。
 
アポロンはもう1位で飛び出している。
ということは、ヘレンからバトンを受けたのは……
 
ジョー!!!!!
 
私は夢中で叫んだ。
横山くんが何か大声でわめいている。
応援席が悲鳴と歓声に包まれた。
 
速い。
ものすごく速い。
 
私が我に返ったとき、ジョーは既に3位の生徒を抜き去り、2位の生徒に並んでいた。
コーナーを回ったところで、難なく2位に上がり…更にアポロンに迫っていく。
 
…う、うそ。
 
たしか、ピュンマ先生は、中1の男子で一番脚が速いのはダントツでアポロンだ…って言ってなかったかしら…?
 
ジョーはぐんぐんアポロンに近づき、ほとんど同着で4組の女子生徒へバトンを渡すと、そのまま倒れ込むようにフィールドへ転がった。
思わず養護の先生が立ち上がったけれど…ただ疲れただけ…みたいだった。
 
泥だらけになったヘレンが倒れたジョーに駆け寄っていく。
選手は静かに並んで待っていなければならないのだけど…みんなが興奮しきっている紅白リレーのときはちょっと例外。とがめる先生もいない。
 
ジョーはゆっくり起きあがって、泣きじゃくるヘレンに何か困ったように話しかけていた。
 
トラックでは、高校生にバトンがわたっていた。
紅組が1位、2位のまま。
何が起こるかわからないのが紅白対抗リレーだけど…かなり差は開いている。
 
高2の男子にバトンが渡ったとき、異変が起こった。
1位で走ってきた、ヘレンとジョーがつないだチームの走者が、あっという間に2位に後退したのだった。
 
転んだわけではない。
懸命に顔を真っ赤にして走っている。
けれど、遅い。
遅すぎる。
 
生徒たちは騒然となった。
彼はみるみるうちに白組の選手たちにも抜き去られ、更に差を大きく広げられていった。
 
これは…これは、もしかして。
 
本部席にいたハインリヒ先生がガンっ!と机を拳で叩いた。
 
最下位で女子にバトンを渡すと、その生徒はトラックに座り込み、肩を大きく上下させながら涙をぬぐっていた。
 
養護の先生が溜息をつき、こっそり応援席を指さした。
高2の男子が座っている辺りで、あきらかにフツウの応援とは違う雰囲気で異様に盛り上がっているところがあった。
大きな体の男子たちが両手を叩き、椅子にそっくりかえるようにして爆笑している。
 
高校生に、たまにある。
体育祭なんて、ばかばかしくてやってられないよ、というポーズをとる生徒たちが主導権を握っているクラスで、担任がうっかりしていると…こういうことがごくまれに起きる。
選手を、全部くじ引きで決めてしまうのだ。
 
それでも、紅白対抗リレーだけは、良識のある生徒たちが何とか動いて、脚の速い生徒を走らせるようにするものなのだけど……
 
泣いている男子生徒には、私も見覚えがあった。普段は、へらへらしている感じの子。
きっと、くじが当たったときは、仲間の手前、おどけていたに違いない。
でも、こうやって、一生懸命走る子供たちの中に置かれて…こんなところまで追いつめられて、やっと自分たちがしたことがわかった…のかもしれない。
 
ぼんやりしているうちに、ゴール。
紅組は1位と4位だった。
 
1位をとった…ということは、優勝の可能性はあるのだけど…
なんだか重い気持ちで、私は閉会式のため、並び始めた生徒たちの間に入って、整列の指示を始めた。
 
…そのとき。
 
人混みの向こうから、悲鳴と怒号が上がった。
なにかしら?
 
ばらばらと男の先生たちが駆け出していき、そして、ハインリヒ先生の大声が聞こえた。
 
アルヌール先生!アルヌール先生!!
 
ただならぬ声音に、駆け出した私が見たのは。
 
泥と血で汚れ、転がっている高校男子生徒3人と…
 
同じく泥まみれになって、ハインリヒ先生とピュンマ先生に押さえつけられ、肩で烈しく息をしているジョーだった。
Monday, 23 September,2002
代休
もう気にするな、と兄さんは言い置いて仕事に出かけてしまった。
 
今日は、代休。
気にするな…と言われても……
 
昨日、ジョーは高2の男子生徒3人と殴り合いをしてしまった。
原因は、紅白対抗リレー。
 
退場門をくぐるとき、高2生徒のヤジを聞いたジョーが激怒し、列を離れて彼らに突進していったのだという。
あっという間に、げらげら笑っていた二人の生徒を突き飛ばし、殴り倒して、反撃に出たもう一人の生徒の顔面にも蹴りをいれて……
 
もちろん、ジョーはジョーでその子たちに相当殴られたのだけど…とにかく、先に手を出したのはこっち…ってことで。
 
周囲の…特に女子生徒たちはジョーに同情的だった。
紅白対抗リレーで、フザけた選手の選び方をした挙げ句、馬鹿騒ぎしていたその生徒たちに、彼女たちは腹を立てていた。
 
養護の先生はもっとハッキリしていた。
 
あんなちっちゃい子を、あんなデカイのが3人もよってたかって殴ったのよ…!どっちが先に手を出したか、なんて問題じゃないわ!
 
…そうかもしれないけど。
…でも。
 
3人の高校生の保護者は、体育祭を見にきていて…まだ校内にいた。
ジョーの保護者は……
 
彼の叔父さんに連絡がやっととれたのは、もう夜になってからだった。
そして、叔父さんは、ひどく煩わしそうに、その怪我をしたという高校生にいくら払えばいいのか連絡してほしい、と言って、電話を切ってしまった。
 
…そうじゃなくて。
 
幸い、大きな怪我にはならなかったし…
高校生の保護者たちも、ケンカなら仕方ない、と言ってくれた。
でも、やっぱり…謝りにいかないと。
ジョーと、保護者である叔父さんと一緒に。
 
…それが、無理なら。
 
生活指導部会は明日開かれる。
事情をよくしらない先生は多い。
 
マズイのは…ジョーが一学期にもケンカをしている…ということ。
感情を抑えきれず、暴力に走る子だ、ということで、危険視する先生もいるかもしれない。
保護者が謝罪する気がないということは、家庭での監督指導が期待できないということだ、と判断されてしまうかもしれない。
 
あの叔父さんは、わざわざ謝罪なんてしないわ、きっと。
今は中間決算で会社が忙しい…ようだし。
そんなウルサイことを言うなら、転校させるから、安心しろ、みたいなことまで言われてしまった。
 
でも、そんな。
転校なんて…簡単なことじゃないわ、子供にとっては。
それに、確かに暴力はよくない…それを教えなくちゃいけない。
 
考えても仕方ないけど…でも。
 
一言も口をきかないまま、うつむいて校門を出ていったジョー。
誰もいない家に帰って…今、何をしているのかしら?
 
電話が鳴った。
のろのろ受話器を取り上げると…エッカーマン先生からだった。
 
フランソワーズ?どう?少しは元気になりましたか?
 
エッカーマン先生……
 
ジョーの保護者は…やっぱりダメそうなのかな?
 
え、ええ。
 
あの…よけいなことかもしれないけれど、実は、親父が今日、ちょっと大きな会議に行ってて…そこに、ドクター・ギルモアも出席するらしいんだ。
 
…え?
 
 
数時間後、私はエッカーマン先生と一緒に、その広い会議場の入り口に立っていた。
 
私は…ものすごく愚かなことをしているのかもしれない。でも……
 
フランソワーズ。
 
そっと手を握られて、私ははっと顔を上げた。
 
できることは全部してみよう。君のそんな顔…これ以上見ていられないから。
 
エッカーマン先生はにこっと笑うと、少し離れた扉を指さした。
 
あ、あの人…じゃないか?
 
そうだわ!
あの、大きな鼻…!
 
君が一人で行った方がいい…どうも僕は…あのドクターに嫌われているみたいだから。
 
エッカーマン先生はちょっと肩をすくめるようにしながら私を見て、そっと背中を押してくれた。
 
私に…今、できること。
そうよ、愚かでもいいわ。
 
できることなら、全部しなくちゃ…!
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Last updated: 2007/10/21